第3話 『王宮愛憎劇の真相 その③ ~真相究明編~』
「……我欲、ですか」
小首をかしげて繰り返します。日常生活ではあまり使わない語彙なので、どうもピンときません。
「この事件の役者全員、四者四様それに囚われちまってたのさ」
「はあ」
生返事にもなります。これだけじゃなにがなんやら。
「いったん話を戻そうかね。リラ、あんたこの婚約破棄騒動で誰が得したと思ってる?」
それは今さら考えるべくもないこと。即座に返答します。
「全員損です。仮に最後でミネルヴァ侯爵令嬢が逆婚約破棄をしかけなければ、ミネルヴァ侯爵令嬢だったんですけど……」
「勝者の権利を自分から捨てちまったわけだ」
客観的に考えるとそうなります。エルドレ王子はミネルヴァ侯爵令嬢に婚約破棄を宣告し、彼女の兄であるイバン侯爵令息と決闘沙汰になった。決闘へはアベル公爵令息がエルドレ王子の代理闘士として立ち、イバン侯爵令息はこれに勝利。決闘に賭けられていた婚約破棄は無効となった……。
しかしここで、ミネルヴァ侯爵令嬢からエルドレ王子への婚約破棄が宣告されてしまう。つまり自ら負けを選んでしまっている。
「死に損だね。リットー家のせがれも。それにエルドレ王子にしても」
「みすみす未来の忠臣を失ったわけですからね」
エルドレ王子自らが決闘を買って出ていれば、勝敗は五分だったはず。
「やはりわかりません。どうしてミネルヴァ侯爵令嬢があんなことをしたのか」
「あんなことね……たしかに、あの婚約破棄は受け入れられちまったからね」
そう、エルドレ王子にとっては断るべくもない宣告だ。そもそもミネルヴァ侯爵令嬢と縁切りしたくて婚約破棄を宣告したのだから、これで当初の目的は果たされたことになる。
もっとも、それがアベル公爵令息の命と釣り合っているかは、はなはだ疑問だけれども。
「やはり全体の収支がおかしいですね。ミネルヴァ侯爵令嬢の最後の行いのせいで、帳尻が狂ってしまっています」
「こっち方面の道からじゃ行き止まりに辿り着ちまうってんなら、考え方の根元を変える必要性があるんじゃないかねえ」
どういう意味なのでしょう。わたしは視線でヘレナおばあさまに続きを促しました。
「ものごとの起点、始まりに立ち返ってみな……そもそも、エルドレ王子の『真実の愛』のお相手は誰だったのさ」
「それは……それがわかるなら、こんなに悩むようなことは」
「なかったってのかい? ヒントなら転がっているだろう」
ヒント……いや待て、ヘレナおばあさまがわかるって公言しているのだから、わたしにだって行きつけるはずだ。手がかりはこれまでの会話の中にある。
そう、ヘレナおばあさまは暗におっしゃっていた。新たに『真実の愛』のお相手を見つける時間は、今のエルドレ王子にはないと。わたしは口に出しながら考えを纏めることにした。
「仮に、貴族学院時代に婚約者以外の女性の影があったなら、わたしたちが気づかないはずがないと思うんです」
エルドレ王子はファンの令嬢たちの眼に、常に行動を監視されているような状態にあった。これは疑いようのない事実だ。
「ふむ、それで?」
「そして今も、いずれは王たる者の仕事を学ぶため、新たな出会いのための時間を作れないでいる……」
こちらはヘレナおばあさまお墨付きの事実。適用できる。
「だいぶ搾れてきたじゃないか。あと一息だね……それじゃあリラ、結論は?」
その一言を受けて、わたしの脳がスパークしました。
はっと顔を上げて、自らが行きついた真実の一端を口にします。
「ま、まさか……エルドレ王子の真実の愛のお相手は、存在していなかった……!?」
なんてことだ。わたしはわたしの脳に備わった、ヘレナおばあさま相伝の卓越した推理力に、おそろしさすら感じてしまいました。まさか、ここから遠く離れた王宮の深奥に、このような信じがたい真相が隠されていたなんて……!?
などと心を打ち震わせていると、ヘレナおばあさまが煙管を逆に持ち替えて、わたしの頭をコツンと叩いたのです。
「い、いたーい。ちょっと、いきなりなにするの……!?」
「赤点だよこのバカ娘。なんでいない相手のために婚約破棄なんてしかけるんだい」
わたしは痛む頭を両手で抑えながら、唇を尖らせてつっ返します。
「そ、そりゃあ……実は孤独を好んでて、ひとりの時間が欲しかった的な?」
「そんなの結婚したあとでミネルヴァを修道院にブチこんどきゃ済む話だろ」
ヘレナおばあさまったら、なんて過激なことをおっしゃるの……とはいえ、この意見には一理ある。
「そんなこといったって、今のエルドレ王子にミネルヴァ侯爵令嬢以外の女性が入り込む隙なんてありませんよ」
「ふん、殴られてやっとこさわかってきたじゃないか」
んん? どういうことだ……!?
「『真実の愛』の定義に性別は限定されてないだろ」
「ちょ、ちょっと待ってください……それじゃあ、エルドレ王子の想い人って」
「そう、男だよ」
わたしの顎がすとんと落ちました。まさかそんな、男性同士で密通するなんて、女神様の教えに反してるってレベルじゃない……!!
「待ってください!! そんなの、ミネルヴァ侯爵令嬢と縁切りできたって、女神教会側が認めるわけないじゃないですか!!」
「同性婚は教義に反するって? そこは今回の問題点じゃないよ」
むむむ、重ねてどういうことだ……?
「エルドレ王子が信仰にもとることを熟知してないはずないだろ」
「じゃあ、ミネルヴァ侯爵令嬢と縁切りしてどうしたかったっていうんですか?」
鼓の連打のように疑問が湧いてきてヘレナおばあさまを質問攻めにしてしまいましたが、ヘレナおばあさまは答えずにいったん間を置きました。
「それより、あんたには先に気になってることがあるだろ」
「え?」
「エルドレ王子のお相手ってのはいったい誰だったんだい」
いわれて少し考えます。いつもエルドレ王子の近くにいて、多くの時間を共有できた人物といえば……。
「イバン侯爵令息、ですか。でもそんなの、なんの根拠もなしに」
「あったとしたら」
「あっ!?」
わたしは思わず両手を口に当てました。そうです。ヘレナおばあさまはかつてミネルヴァ侯爵令嬢の家庭教師だった。ガストン侯爵家の邸に自由に出入りする権限があったのです。
「昔からあたしゃ眼が悪くてね。どうも見ちゃいけないところにばかり眼がいっちまうんだよ。ミネルヴァの家庭教師をやってたときもそうさ。勉強部屋の窓から、少しばかりおかしな光景を見ちまったわけさ」
ヘレナおばあさまが目撃したもの。それはとても仲睦まじい様子のエルドレ王子とイバン侯爵令息の姿でした。王子はガストン侯爵家が擁する剣術の達人に、教えを習いにきていたのだそうです。
「ふたりは同門生だったんですか……けど、わたしにはおかしなところなんてないように思いますけど」
仲の良いふたりが仲良くしている。これってただの日常ですよね。
「逆に問うよ。リラ、あんた仲良しの令嬢といるとき、どんな風に接してた?」
「ええと、そりゃあ……お互いに近況報告をし合ったり、うわさ話に花を咲かせてみたりですけど」
「肉体的に接触したりしなかったかい?」
「ああ、それもしましたね」
貴族学院時代の無邪気なわたしを回想してみる。仲良しの友だちといるときは、きゃーとかやーんみたいな鳴き声をあげながら、お互いに抱きしめ合ったりしてたっけ。
「エルドレ王子たちもそういうことをしていたと? でもそれってふつうじゃないですか?」
素直な疑問をぶつけると、ヘレナおばあさまはきっぱりと首を振ります。
「女と同じ尺度で考えたらダメさ。男同士は相手に許すスペースが狭いんだよ。どんなに親しい間柄でも、とんでもなく気持ちが高ぶったときを除けば、男の友愛表現の最上級は肩を組むのが関の山だね」
そうなのでしょうか。こう見えてわたしは男子学生との距離はしっかり取っていたので、そういった部分は女子と同じと思っていましたが……。
「エルドレ王子とイバンみたく、正面から抱き合ったりしないよ」
「そ、そんなことしてたんですか……」
なんだろう、頭の中で想像すると、ちょっと見たい気分になってくる……。
「どの道、そんときゃまだ疑惑レベルさ。あたしもまさかこんなことになるなんて、夢にも思っちゃいなかったし」
「そりゃそうですよね……でも、やっとわかりました。エルドレ王子がミネルヴァ侯爵令嬢へ婚約破棄を突きつけたのは、イバン侯爵令息との『真実の愛』の完遂のためだったんですね」
うんうん、と納得するわたしでしたが、ヘレナおばあさまは白い眼を向けています。
「あたしが一言でもそんなこといったかい」
「違うんですか? でもこれなら辻褄が」
「ミネルヴァはエルドレ王子の偽装結婚の相手さ」
「……は?」
またしても頭を殴られたような衝撃が走り、忘我の状態に陥ります。どうにか復活すると、後出しで驚愕に見舞われました。
「ええっ!? じゃあ本人も了承済みで!?」
「そこまではわからないがね……けど、エルドレ王子とイバンにとってはそうだったはずだよ」
つまり……イバン侯爵令息は実の妹を生贄にして、エルドレ王子との真実の愛を果たそうとしていたと。
「り、理想のお兄ちゃん像が一瞬で崩れちゃいました……」
「人に夢見てるからそうなる」
悟ったようなことをおっしゃいますが、ここでわたしに新たな疑問が。
「でもそれだと、婚約破棄宣告に至る動機が消滅しちゃいませんか」
「はっきりとあるよ。エルドラ王子は男色に目覚めた。これがすべてさ」
指摘を受けてもピンときません。もはや隠し立てする気もないのか、ヘレナおばあさまは続けて説明されます。
「女を穢れと感じるようになった。妻を迎えた貴人には大きな役目がある。あんただってそれは良く知ってるだろ?」
それは……それは知っている。
骨身に沁みるほど。二度と思い返したくないほど。
「同衾したくなかったのさ。例え相手がハーツ王国指折りの美女であるミネルヴァであってもね。その苦痛を受け入れるくらいなら、縁を切ってでも楽になりたいって思っちまったんだろう」
たしかにそれは当人にとってどうにもならない袋小路で、婚約破棄宣告の動機に十分当たるかもしれない。わたしの脳裏には、連鎖的に次の疑問が生じていた。
「それじゃあ偽装結婚の破談を免れるために、イバン侯爵令息は愛する人に決闘を突きつけたってことですか」
「それもある。が、それだけじゃないだろう……こいつは私怨さ」
「私怨?」
繰り返しても心当たりは生まれませんが、ヘレナおばあさまにとっては自明だったようです。
「妻を娶り子をなすことは、王族にのみ課せられた責務じゃない。あまねく貴人に課せられた宿命といっていい。当然、ガストン侯爵家の跡取りであるイバンにとっても気の重い宿題だったわけさ」
ヘレナおばあさまのいわんとしていることがわかった。ふたりは同じ地獄を抱えていた。なのにエルドレ王子は自分だけ逃げようとしたのだ……。
「王宮愛憎劇で合ってるっていった意味、これでわかったろ」
「はい……でも、これじゃあミネルヴァ侯爵令嬢がかわいそう」
婚約者のエルドレ王子に必要とされず、それどころか実の兄との不義密通の偽装工作に使われていたのだ。その心痛は察するにあまりある。
女なら誰だってミネルヴァ侯爵令嬢の悲しみはわかるだろう。けれどヘレナおばあさまは平然とした風でフンと鼻を鳴らした。
「浸ってるとこ悪いけど、悲劇のヒロインってタマじゃないよあの娘は」
「へ?」
「ともかく話を進めようじゃないか。謎は残り半分だ」
半分……これでまだ半分でしかないのか。
「エルドレ王子のミネルヴァへの婚約破棄、それを取り消すイバンのエルドレ王子への決闘申し込み。この続きにもおかしな動きがあっただろう。あんたの考えを聞かせる番だよ」
そうだ。ここで第三者がしゃしゃり出てきた。エルドレ王子の後ろにはべっていたアベル公爵令息が、代理闘士の役を担うため姿を現したのだ。
「アベル公爵令息の主張に関しては、わたしは一理あると思いました」
「ハーツ王国のために王子を危険に晒せない。鵜呑みにできるのかい」
「それは」
難しい質問だ。その場に居合わせたわけでもないのに、嘘を吐いたかどうか判別するなんて芸当は……。
答えあぐねていると、煙を吹かしてヘレナおばあさまが付け加えます。
「貴族学院時代はどうだい? アベルの人物評も当然あったんだろ」
「令嬢たちの間では軽薄な人で通っていました。ちょっと女好きっていうか……」
いざ口にすると、少しずつ記憶が鮮明になってくる。公爵の一粒種という恵まれた身空ながら、あまり良いうわさを聞く人じゃなかった。
「遊び人だったと。ま、ありがちだねえ」
「同級生の間でも、安易に近づかないようお触れが出てたくらいで」
「おまけに危険な男ってわけかい……なるほど。ここに繋がってくるわけだ」
なにが、なるほどなんだろう。突っ込んで訊いても、どうせヘレナおばあさまは答えてくれないんだろうけれど……。
「ともかく、そんな男が代理闘士の役を買って出た。エルドレ王子は己の名誉のため、一度はこれを固辞するものの、のちに静観に回る。理由はミネルヴァの後押しがあったため、と……この部分はどうだい?」
わたしは顎に人差し指を添えて、じっくりと考えを纏めました。
「道理は通っていると思います。王国の未来を考えるならエルドレ王子を喪うわけにはいきませんから、近衛騎士であるアベル公爵令息が代理闘士をやるのは別におかしくないです。それにミネルヴァ侯爵令嬢の後押しも、兄の決闘相手が弱体化するわけですから、この時点では自然な判断かと思います」
いってて思ったのだが、この論法だとミネルヴァ侯爵令嬢は不義密通についてなにも知らなかったことになるな。なんともおいたわしい。
「近衛騎士ねえ……つまりアベルは改心していたと?」
「学生時代の無軌道な暴走って、はしかのようなものらしいですけど」
知ったような口をきいてしまったけれど、これって一般論だったっけ……ともあれ、わたしの返答を受けたヘレナおばあさまも考える素振りをされました。
「リラは、最後の逆婚約破棄まで不審点はないっていいたいわけだね」
「主だって指摘するようなことがあるかといわれると、ないかと」
ここで、ふーっと紫煙を宙に吹き出して、ヘレナおばあさまは。
「……あるだろ、一個」
「え?」
「じゃあ逆に訊くけど、イバンはなぜアベルを殺したんだい」
殺した? でもあれは、決闘が白熱しすぎた結果のはず……。
わたしの浮かべた表情を先読みして、ヘレナおばあさまは。
「事故や、偶然なんかじゃないよ。イバンほどの剣才の持ち主が、勝負の決定機を見逃すはずがない。止められたはずなんだよ。一太刀浴びせて勝負がついた。そのあとの二撃は明確な殺意を持って放たれた。あれは殺人だったんだよ」
殺人? まさか、あれがそうだったというの!?
わたしののどが、こくりと生唾を嚥下しました。
「ちょっと待ってください!! それこそ動機がありませんよ!!」
「まあ、この時点ではそう見えるね」
「この時点ではって……」
いったい、どういう意味で?
「ひとつ事実を付け加えようか。今回の決闘のあと、イバンは一月もの間病床に就いていたんだよ。あんたにはこの理由がわかるかい?」
イバン侯爵令息とアベル公爵令息には、歴然とした剣才の差があった。わたしが手にした情報によると、決闘の最中アベル公爵令息はイバン侯爵令息に終始翻弄され、その身にわずかな傷さえ残すことができなかったという。
なら、なんで一カ月も寝込むことになったのだろう……。
「正解は、共闘相手がいたのさ」
「あり得ません。だって、1対1で正々堂々とした決闘がなされていたわけでしょう」
あの場には、見届け人が何人もいた。仮にいなくてもエルドレ王子とミネルヴァ侯爵令嬢がいる。誰かが加勢に出たら一瞬で発覚したはずだ。
「毒矢か、暗器の類だろうねえ。息の吹きかかった連中を、常日頃から取り巻きの中に潜ませていたんだ。加勢は誰の眼にも留まることなく静かになされたってわけさ」
「エルドレ王子がそんなことを……」
あまりにも呆気ない友情の破綻。ショックを受けるわたしに、ヘレナおばあさまはあっけらかんと。
「誰が下手人はエルドレ王子だっていった?」
「え、でも……この状況でそれ以外の人選なんて」
「やらせたのはミネルヴァだよ」
「は?」
またしても言葉を失います。だってそのとき、アベル公爵令息と戦っていたのは……。
「さて、謎が噴き出したところで一挙に答え合わせといこうか。己の婚約破棄がかかった状況で、なぜミネルヴァは味方である兄を攻撃させたのか。一見矛盾したこの状況に、いったいどんな意味が隠されているのか。そしてイバンがアベルを殺すに至った理由はなんなのか……まずは、ミネルヴァの過去から見ていこうかねえ」
そうだ。ヘレナおばあさまはミネルヴァ侯爵令嬢の元家庭教師。その人となりを深く知る機会があった。
「リラ、ガストン侯爵領のうわさについて聞いたことはあるかい」
「四方山話の類ですけど……昔、下男が何人か神隠しに遭ったとか」
おずおずと顔を上げると、ヘレナおばあさまは動きを見せられていませんでした。間違いではない、ということでしょうか。
「わかってるだろうけど、あれは神隠しじゃない」
「じゃあなんだったんですか」
「ミネルヴァのせいさ。あの娘が誘惑した」
「…………」
ちょっと待って、頭の回転が追いついてこない……。
呆然とするわたしをよそに、すべてお見通しのヘレナおばあさまのお話は続きます。
「世の中には、魔性の女ってのがいる。男にとって抗いがたい魅力を持った娘がね。そういった連中は決まってわがままで、男に関してだらしがないのさ。一時の気の迷いや、ヒステリックな感情の暴発から、近くにいる連中に見境なく手を出しちまう。男も男で断りゃいいんだろうけど、抗いがたい魅力あってこそ魔性の女だからねえ。上手く丸め込まれちまうのさ」
な、なんだかものすごい話になってきている。
たしかにこれは、悲劇のヒロインって感じじゃない……。
「じゃあ、いなくなった下男たちっていうのは」
「高位貴族の娘に手を出したかどで、密かに死ぬまで鞭打ち刑さ」
「ひ、ひどい」
「連中は覚悟の上だよ。もっとも……ミネルヴァにとってはタダの火遊びでしかなかったんだろうけどねえ」
ヘレナおばあさまの切って捨てるような物言いでわかりました。ミネルヴァ侯爵令嬢は、男の純情をもてあそぶタイプの生粋の悪女だと。
「貴族学院時代はとてもそんな風に見えませんでしたけど」
「ま、猫被ってたんだろうねえ……一応、いつも事故る寸前には連れ戻されてたから、エルドレ王子にも露見してなかっただろうし」
なんだか一転して、こんな女性を宛がわれていたエルドレ王子の方が不憫に感じられてきましたよ。
「そろそろあんたにも構図が見えてきたんじゃないのかい?」
「うっすらとは……やはりミネルヴァ侯爵令嬢は、アベル公爵令息と」
「その通り。不義密通の仲だったのさ」
やはりか。もはや納得しかありません。やはりか。
「尻軽同士が通じていたとして、どうして決闘に打って出たんですかね」
「リットー家とガストン家の家格を比較してみな」
「ええっと、たしか公爵家と侯爵家ですよね」
「どっちが上だい」
「それは……リットー公爵家ですけど、あっ!?」
エルドレ王子とイバン侯爵令息の間には、他の誰も入り込む余地がありませんでした。そう、代々宰相を輩出している名家、リットー家のアベル公爵令息ですらも……。
「将来的に王国NO.2の座は、イバン侯爵令息のものになる公算が高い。だから今のうちに、先手を打とうとした……?」
ふたりの間柄を知っていたか定かではありませんが、薄々勘付いていたでしょう。イバン侯爵令息が生きている限り、自らが王国NO.2に返り咲くことはできないと。だから決闘を利用して相手を謀殺しようとした。
「ミネルヴァはイバンの味方じゃなく、アベルの味方だった……そう考えると、あの後押しにも別の意味が見えてくるんじゃないかい?」
別の意味。そうだ、あれは兄の対戦相手を弱体化させるための手段じゃなかった。アベル公爵令息との決闘を実現させ、その最中に実の兄を葬るための謀略だ。
剣の腕で劣るアベル公爵令息であっても勝てるように、事前の仕込みを利用しようとしていたんだ。
「あの兄にして、この妹って感じですね。頭くらくらしてきた……」
「化けの皮が剥がれてきたね。残り部分も、ちゃちゃっと始末しちまおうか」
あの決闘には筋書きがあった。妹の婚約破棄撤回を条件に決闘を申し込んできたイバン侯爵令息に対し、代理闘士としてアベル公爵令息を立てる。そして、決闘の最中にイバン侯爵令息を亡き者にしようとしたのだ。
「……けれど、そうはできなかった。暗器の一撃を受けたイバン侯爵令息はすべてを察して、アベル公爵令息を殺してしまったから」
そしてあの愁嘆場につながる。血塗れの死体の傍らにしゃがみ込み、何度も恋仲の男の名前を叫んで慟哭する、ミネルヴァ侯爵令嬢の姿に。
「エルドレ王子への逆婚約破棄は、すべてが御破算になった当てつけだったんでしょうか」
「兄との関係を知ってた可能性もあるねえ……まあ、今となっちゃどうしようもないことだけど」
これですべての真実が明るみになった。わたしの持ってきた王宮愛憎劇の真相は、自分で思っていたよりもずっと根深く、そして醜いものだった……。
「なんだかすごいですね、こんなことが本当に起きていたなんて」
「序の口さ。あたしゃもっとひどいのを見たことだってあるよ」
自慢みたいに聞こえるけれど、たぶん事実。ヘレナおばあさまはその慧眼によって、ハーツ王国の危機を何度も救ってきたのですから。
謎が解けた余韻に身を浸していると、ヘレナおばあさまが続けます。
「今回の事件は、いってみりゃ四匹の蛇の共食いみたいなもんさ。役者たちはみな我欲に囚われ、他の何物も顧みず、自らの欲望だけを優先して実現しようとした。だから互いの尻尾を噛み合って、全滅しちまったのさ」
つまり誰の願望も叶いはしなかった。収支の針は圧倒的なマイナスに振れてしまったっきり、そこでおしまい。
ああ……それにしても、やっぱりヘレナおばあさまってすごい。本当にすごい。こんなにエキサイティングでスリリングなお話、きっと他の誰の口からだって聞けっこない……。
「……リラ?」
「いえ、なんでもありません……それより長話してのどが渇きませんか。わたし、館の方でお茶を淹れてきますから」
鼻歌交じりに外に出る。なにもない、辺境の田舎らしい牧歌的な風景。この空のどこかが、あの愛憎渦巻く王宮へと続いてるとはとても思えないほどの、爽やかな快晴。
でも、それで構わないと思った。たとえここからどこへも行けなくたって、わたしにはヘレナおばあさまがいるのだから。
今日のお茶を淹れに行くのは、スキップしながらにしましょうか。




