第8話。猫も棚から落ちる。
ぽかぽかと、窓から差し込む光が心地よいとある昼下がり。
「平和だなぁ……」
猫カフェ店長・芦澤みのりはカウンターに肘をつき、呟いた。
今日は珍しく店内に人がいない。猫カフェに来てパソコンを触っている金橋さんも、午後にやってくることの多い野島さんも、ご新規さんも。今日は店内に誰の姿もなかった。みのりと猫たちだけの空間だ。
「……ちょっと出してみようかしら」
いつ誰が来るかは分からないが、このチャンスを逃す手はない。
みのりはスタッフルームに入り、猫を2匹抱えて戻って来た。1ヶ月ほど前に叔母の友達が運営する保護団体から引き出してきたキジトラのかえでとサビ猫のふゆきだ。
「はい、どうぞ。好きに動いてごらん?」
窓際のラグの上に2匹を下ろすと、クンクンと周囲を嗅ぎ回る。
何度か店の中で離したことはあるが、この時間帯に連れてきたのは初めてだ。でもそろそろこの子たちもデビューさせなくては。
かえではクッションにラグにと忙しく動き回り、途中出会ったサバトラのしずくと鼻を突き合わせてご挨拶をしている。
一方のふゆきは、ビーズクッションに寝そべっている朔夜に近付き、こちらも鼻を突き合わせてご挨拶していた。その後ろを茶トラのちーちゃんがついていく。
「……かわいいなぁ」
ふふっ、と笑みを漏らし、ニコニコとみのりはその光景を見つめていた。
ちーちゃんとハチワレのハナが2匹でおいかけっこをし始める。その様子を三毛猫のつむぎと黒猫のノアがクッションに丸まりながら眺めていた。
「あ、そうだ。せっかくだから……!」
カウンターの下からスマホを取り出し、全体が入る位置にセッティングしてピッと録画を開始した。
ちーちゃんがハナちゃんに飛びかかり、ハナがそれに立ち上がって応えている。軽やかに弾むように移動する2匹に、側に寄られた猫たちがさりげなく場所を変えていく。
朔夜が兼用棚としても配置したペットハウスの上でそれを眺め、高いところが好きなかえではペットハウスの上から天井に向けて固定したキャットツリーのハンモックの上にいる。
(あれ? つむぎは……?)
気付くと画面内につむぎがいない。
見回せば、つむぎはいつも金橋が据わっているソファで丸まっていた。
「……金橋さんいなくてさみしいね」
そう声をかければ、こちらをチラリと見て目を閉じた。
その間もちーちゃんとハナのおいかけっこは止まらない。ちーちゃん5ヶ月、ハナ1歳。まだまだ遊びたい盛りだろう。でも体力がありすぎて、他の猫たちはちょっと距離を開けようとしている。……結局巻き込まれるのだけれど。
そんな2匹が、階段付きのケージを使って兼用棚の上を上がって来た。
朔夜が嫌そうに身じろぐが、2匹はまったく見ていない。テテテテテと走ってきた2匹から逃げるように、朔夜が壁に固定したキャットステップに飛び移る。……と、片足が乗りきらなかった。反動で下半身が落ち、懸垂でもしているかのような姿勢になる。朔夜の足が慌てたように宙をかく。
「え、朔夜?」
びっくりしてみのりが身体を動かせば、諦めたらしい朔夜がぽんと宙を飛び、床に飛び降りた。2匹のおちびさんたちは兼用棚の上でお尻を上げてシャーシャー言っている。
朔夜はペロペロと前足を舐め、毛繕いを始めた。
「……今落ちたでしょ?」
みのりが声をかけると、こちらをチラリと見た朔夜は毛繕いを止め、近くにいたしずくの毛繕いを始める。
ピッと。スマホの録画を停止する。動画を再生して確認すると、やっぱりどう見ても落ちていた。プッと吹き出すと、側に気配を感じる。
顔を上げると同時に、スマホを猫パンチで落とされた。
「ちょっ、朔夜! 何するの!!」
おもわず声を上げてスマホを拾うと、朔夜はビーズクッションへと歩き去っている。こちらに背を向け、ボソリと横になった。




