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第6話。とある常連さんとある猫の話。

 朝10時15分。店も猫も落ち着いたオープン間もない頃、内扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 店長がそう声をかければ、彼は軽く頷き、カウンターに近付いてくる。


「今日はどうされますか?」

「いつも通りで。ペットボトルは……今日はコレで」

「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」


 頭を下げる店長に再び軽く頷き、彼は定位置となったテーブル席へと歩み寄る。

 折りたたみ鞄からパソコンやマウスを取り出し、ブゥゥ……ンと排気音が軽く店内に響いた。


「お待たせしました」


 店長が彼の頼んだペットボトルを置いて離れていく。

 届いたペットボトルを開けると、少し離れたところにグレーの毛の長い猫が座っていた。


「おはよう、朔夜(さくや)


 そう声をかけると猫が「ニャ」と鳴く。

 それで用事は済んだかのように、猫もまた店長と同じく離れていった。柔らかいビーズクッションに乗り上げ、ぼふっと座り込んでいる。

 その姿を見送った彼も、手元のパソコンへと目を落とした。

 メールをチェックし、カタカタとタイプする。

 それが終わればいつもの作業だ。

 まだ他に客が来ていない店内には、彼のキーボードをタイプする音がBGMのように響いていた。


 時折顔を上げると店長が自分と同じようにパソコンを触っている姿が目に入ったり、窓際にいる猫が気持ちよさそうにクッションの上でのびている。

 ふっと息を吐き、ペットボトルを傾けると太ももにかすかなぬくもりを感じた。

 チラリと見れば、そこには茶と黒の模様が入った白地の猫――いわゆる三毛猫がいる。横に座るその頭に手を載せると、撫でる動きにあわせて少し擦りつけるような動きをみせた。

 猫の頭から手を離し、マウスを手に取る。画面内に表示された文章を見、再びカタカタとキーボードを打ち出した。


「いらっしゃいませ」

「こんにちはー。

 あ、金橋さんもこんにちはー」


 入ってきた客――たしか野島さん――が、彼を見て上げた声に会釈をする。

 カウンターでやりとりした後、野島さんは、窓際へと近寄った。


「ノアくん、こんにちはー」


 呼びかけられた黒猫が大人しく撫でられている。その身体がこねられるうどん生地のようにのび、撫でられる場所が頭から背中へと移っていった。相変わらず、猫はよくのびる。

 黒猫が歩き去り、野島さんが取り残される。そこにグレーの長毛猫・朔夜が近寄り、野島さんに撫でられていた。


 視線をパソコンに戻すと、ポップアップメッセージが表示されている。

 メッセージを確認し、ふむ……と考えた後、カタカタとキーボードを打った。送信ボタンを押して返信完了。

 集中力の切れを感じ、彼は時計を見た。11時――そろそろ出た方がいいだろう。


「みのりさん、すみません。

 メシ食いに行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 ロッカーから出した鞄にパソコンを入れ直し、店を出る。

 そのままふらりと立ち寄ったコーヒーショップで軽食を摂り、1時間半後に彼は保護猫カフェに戻って来た。


「おかえりなさい」


 内扉を開けると、店長から笑顔でそう声をかけられる。

 毎度のやりとりに申し訳なさとくすぐったさを感じながら頭を下げ、テーブル席に向かった。

 パソコンとマウスを鞄から取り出し、起動する。少し客の増えた店内には様々な音が増え、キーボードの叩く音はあまり響かない。

 ふぅと息を吐いて気持ちを切り替え、彼は再びピアノを奏でるようにキーボードを叩き始めた。


 太もも横にのしっとした重みを少し感じる。

 視線を向ければ、そこには白地に黒と茶の模様を散らした三毛猫の背中がある。

 手をその上にかざせば、顔を上げた猫がこちらをじっと見た。

 ゆっくりと手を下ろし、その背中を撫でて立ち上がる。少し固まっていた身体をほぐしながら、店長の元に向かう。追加のペットボトルを頼み、トイレに行って席へ戻った。


 時折立ち上がって店を出、数十分で店に戻る。

 そんな風に過ごしながら時折側に来る三毛猫を撫でて、キーボードを打つ。


「にゃおん」


 聞こえてきた声に視線を上げれば、三毛猫がこちらを見ていた。

 時計を見れば、閉店まであと少し。


「……ありがとう、つむぎ」


 そう声をかけて撫でれば、三毛猫・つむぎは目を細めていた。

 頭を撫で、背中を撫で、ぽんぽんと尻尾の辺りを軽く叩く。


 パソコンを片付け、席を立つ。


「ありがとうございました」


 そう声をかけてくれる店長と、カウンターに座る朔夜に頭を下げ、店を出た。

 ブブブと震えた時計に、ポケットからスマホを取り出して画面をスワイプする。


『先生、お疲れ様です』

「――ああ、お疲れ様です。どうしました?」


 こちらが出す前に聞こえてきた声にそう返し、歩き出す。

 店の窓に三毛猫の姿が見え、奥に消えた。

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