第5話。猫とお酒とのろけとパンチ。
「一目惚れだったんです」
「は?
……ああ、ユキちゃんのことですね。そうおっしゃってましたね」
突然言われた言葉に、失礼な反応をしてしまったことに内心焦る。
でも相手の男性はこちらの様子に気付いた気配はなかった。俯いたまま、はぁと長いため息を吐きながら頷いている。
胸キュンな恋の告白――などではなかった、決して。
「どうしたんですか、突然? というか、ユキちゃんになにかありました?」
受付しようと思ったら突然そんなことを言い出した彼は、先日ユキという白猫を引き受けてくださった葉山さんだ。
ある日ふらりと来店くださった彼は、ユキちゃんと遊ぶようになってから毎週末お越しいただく常連となった。後ろ髪を引かれるように帰る彼がまるで結婚の挨拶にでも来たかのように来店したのが1ヶ月ほど前。
お目当ての子を引き取り店を去った元常連さんは、今再び目の前で――何故かひどく落ち込んでいた。
正直言って、まるで意味が分からない。
「あれ? 葉山さんだ。久しぶりー」
「ユキちゃんお迎えしたのに、また来たの? まさか浮気?」
内扉を開けて入ってきた常連さん二人が、受付で落ち込んでいる男性に気づき、笑いながら声をかける。
葉山さんはそちらをチラリと見、「ユキちゃん……」と呟きながらまた俯いてしまった。
「え、なに。ホントにどうしたの?」
「葉山さん、ユキになにかあったんですか?!」
常連さんたちと一緒になって葉山さんに詰め寄る。カウンターに朔夜も乗ってきて、みんなで葉山さんを見ていると、「ええ……」と呟いた葉山さんがまたため息を吐いた。
「俺、嫌われてしまったのかもしれません。
酒飲んでると、ユキちゃん寄ってきてくれないんです……」
それを聞いた瞬間、店内の空気が凍り付いたような気がした。
いち早く動いたのは朔夜だ。
「痛ッ! さくちゃん、なに?!」
葉山さんが腕を押さえて悲鳴を上げるが、鋭く猫パンチをと繰り出した朔夜は、フンと鼻を鳴らして歩き去っていく。
常連さん二人も、葉山さんを押しのけて「みのりさん、受付お願い。3時間で」と言ってくる。据わった目が怖い。
受付を済ませた二人は「ちーちゃぁん!」「会いたかったよー、ハナちゃん」とそれぞれお目当ての猫たちにまっしぐらだ。
……受付に、葉山さんと二人で残されてしまった。
(やめて、置いてかないで……!)
そう思ってもみんなそれぞれの世界の中だ。猫たちも素知らぬ顔、店内にいる常連さんたちも猫たちと遊んでいたり、パソコンを触っていたりしている。
朔夜も来てくれない。
ため息を押し殺し、葉山さんに尋ねた。
「寄ってきてくれないってどういう感じなんですか?
お酒を飲んでないと寄ってはくるんですか?」
「はい、もちろんです!」
(なにがよ?!)
顔を上げてデレた相手におもわず内心突っ込む。
「ユキちゃん、帰ったらお迎えしてくれるんですよ!
最初はケージに入れてたんですけど、一度閉め忘れちゃったらしくて、帰ってきたら玄関前にいたんです。すっごいビックリしたんですけど、「にゃあ」ってあのかわいい声とぐりぐりした目で見上げてくれて。ああ、ここが天国かって思いましたよね! もうとんでもないですよ、天使ですよ! 大丈夫そうだったんで、それ以来ケージ片付けたら毎日お出迎えしてくれるようになったんですよ、ホント最高ですよね!」
「……っ! よ、良かったですね」
マシンガントークがすごすぎる。ユキちゃん推しが強すぎて、正直怖い。
必死で口の端を上げて笑顔を作れば、葉山さんは蕩けた顔でうんうんと頷いていた。
「ごはんもちゃんと食べてくれるし、トイレだってお利口です!
俺の目と鼻の先にだいたいいて、風呂とかトイレに行こうとすると「どこ行くの?」って顔をして不安そうに見上げてくるんですよ。
もうどうです? 天使でしょ?! 天使ですよね、うちの子!」
「はぁ……」
ユキちゃんは元々可愛い、器量良しの子だ。
うちにいた頃からお客様からの評判も良く、ランキングを作ったらきっと上位に食い込むと思えるほどの人気者だった。
葉山さんに引き取られることになった後、店内に貼ったユキの写真を見て複雑な顔を浮かべるお客様が結構いたほどだ。
(……そう言えば、今ちーちゃんと遊んでくれている山崎さんも、娘を嫁に出した親みたいなこと言ってたっけ……)
一通りユキ自慢をしていた葉山さんが、気付けばまたしゅんと俯いていた。
「……どれぐらい飲んだんですか、お酒?」
「……たしか、缶ビール5本ぐらいですかね」
結構飲んだな、そう思いながら「毎回ユキは逃げるんですか?」と聞けば葉山さんが頷いた。
「毎回5本飲んでるんですか?」
「いえ、さすがにそれは。
その時はちょうど阪神が良い試合してて、気持ちよく応援してたんですよ。そうしたらいつの間にか5本いってたみたいで」
熱いな、阪神ファン。
「その時、なにかありました?」
「……ちょっと記憶は曖昧なんですけど、多分ユキちゃんを捕まえて抱っこしたり、キスしたりした気がします」
「えー。葉山さん、おっさんじゃん。ユキちゃんかわいそー」
「山崎さん」
窓際近くから聞こえてきた山崎さんに首を振る。
山崎さんはおどけたように肩をすくめて、ちーちゃんに向き直った。
葉山さんは俯いたままだ。
「……ユキちゃん怖かったのかもしれませんね」
お酒少し控えられます? そう尋ねれば、葉山さんはうんと頷いた。
近寄って来た朔夜が
「痛ッ!」
また葉山さんにパンチして去っていく。
「朔夜がすみません……」
「いえ、俺が不甲斐ないから……」
困ったような笑顔を浮かべた葉山さんが、カウンター横に置いてあるマグカップと猫用クッキーを手に取り、置いた。
「今日は酒止めてコーヒーかミルクにしておきます。
コレでユキちゃんが許してくれるといいんですけど」
「……がんばってくださいね」
なにをがんばるのだろう。
そう思いつつも声をかけると、葉山さんは頭を下げてお店を出て行った。
店の前を歩く姿に、山崎さんが鼻を鳴らした。
「ただののろけだよね」
その声に夏川さん――山崎さんと一緒にきているお友達だ――と顔を見合わせ、うんうんと頷く。
視界の端に毛が見えたので、そちらを見ると朔夜がいた。……誰かが帰ろうとしている様子も、誰かが入ってくる様子もない。
(珍しいな……)
そう思いつつ、頭を撫でると手に擦りつけるようにしてきた。これは……
「あてられちゃった?」
そう声をかければ、フンッと鼻息を荒げた朔夜からベシッと猫パンチを繰り出される。カウンターを降りてふてくされたように歩いて行く姿に、カウンターから「ごめんごめん」と声をかけるも、振り返る気配もなく。
お客様から離れたところで、クッションにもたれてふて寝する猫を見てため息を吐く。
(帰ったら大変だなぁ……)
少し天井を見上げて、もう一度ため息を吐いた。




