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第4話。大丈夫じゃない日の、よりみち

 店の前でスーツの上着を脱ぎ、カバンに入れた。

 本当ならこんな姿を人に見せたくなんかない。でも今は、ちょっとつらすぎる。泣きわめいてしまいたくなる。

 ドアノブを握りしめ、大きく深呼吸する。そして勢い、ドアを開けた。

 この店に来たのはオープン前に手伝いに来た時以来だ。当時より少しだけ緩くなった靴箱に靴を入れ、内扉を開ける。


「いらっしゃいませ……って、え?」


 こちらに笑顔を向けた店員が、次の瞬間ポカンとした顔になる。

 それにニヤリと笑みを作り、言ってやった。


「お客様にそんな態度取っちゃダメでしょ、みのり」

「え、いや、だって……。

 あ、うん。いらっしゃいませ……」


 まだ呆気にとられている友人がカウンターへと歩いてくる。

 カウンターに近寄って素知らぬ顔で受付を済ませた。現在時刻18時半だ。


「閉店19時でしょ? 終わったらちょっと付き合ってよ」

「いや、そうだけど。でも片付けとかあるし……」

「それぐらい手伝うよ。いいでしょ?」

「……うん、分かった。じゃあ悪いけど待っててくれる?」

「うん、オッケー。また後でね」


 ひらひらと手を振り、店内に置いてあるビーズクッションへと向かう。荷物を横に置いて座ると、見覚えのある猫が近付いて来た。


「お、さくちゃん。久しぶり」


 指を指しだし、ご挨拶。

 友人の飼い猫でもある朔夜(さくや)がクンクンと匂いを嗅ぎ、こちらの膝に軽く身体を擦りつけてきた。その身体を撫でる――相変わらずもふもふしていて気持ちが良い。


 朔夜がふらりと立ち去っていったので、途中で手に取っておいた猫じゃらしを軽く揺らした。目が合った猫をターゲットに、猫じゃらしの先端だけを小刻みに揺らす。伏せのような姿勢で首が細かく揺れる猫を見てニヤリと微笑み、「ほっ!」と素早く左に振った。途端猫がタタタと駆け寄り、猫じゃらしの先端を押さえる。捕まれる前にその先を揺らし、右へ左へと動かせば、それにあわせて猫も動いた。

 うん、それでこそ猫。その姿が見たかった。

 しばらく猫じゃらしを動かした後に、猫に捕まえさせる。猫じゃらしにじゃれつく猫を撫でつつ、店内を見た。

 さすがに18時半を過ぎると人は少ない。その人たちはみんなのんびりと猫を撫でていたり、同じように猫じゃらしで遊んでいたりする。――いや、一人だけパソコンと向かい合っている男性もいるが。


(何やってるんだろう、あの人?)


 猫カフェに来て、猫をかまわずにひたすらパソコン作業をする意味とは?


 不思議には思うが、自分には関係ない話だ。いろんなお客さんが来て大変なんだな、と思って終わりにする。

 手元の不思議な柄をした猫――たしかサビ柄とか言うんだっけ――を撫で、新たにやってきた三毛猫を撫で、猫モテな状態を堪能した。

 そう今モテている。気付けば数匹の猫に囲まれているのだ。聞こえてくる「くるくる」音に、私は今この子たちに必要(?)とされていることを感じている。私だって、選び放題なのだ。

 ふっと息を吐き、時計を見る。もうすぐ19時、閉店時間だ。

 店内のお客様も名残惜しげに猫たちを撫で、立ち上がろうとしている――パソコン作業をしている男性だけはパソコンを片付けて颯爽と歩き去っているが。

 自分以外の最後の客がレジに並ぶのを見て、その後に並ぶ。続いて会計を済まし、もう一度ロッカーに荷物を直した。


「とりあえずどうしよう?

 ごはんの用意してあるならおろそうか?」

「あ、うん。お願い」


 レジ締めをしている友人に声をかけ、営業中は閉めてあるドアをそっと開ける。テーブルの上に置いてあるごはんをおろして


「はーい、みんなごはんだよー」


と声をかければ、店内にいた猫たちがぞろぞろと移動してきた。食べる姿を横目に店内へと戻り、ドアを閉める。

 適当にウェットティッシュを取り、猫じゃらしの持ち手やテーブルを拭く。手ぼうきやコロコロシートで簡単に掃除し、ついでに自分のスーツもコロコロする。クッションなどを椅子の上などに置き、床を手早く掃除した。

 近くに通った時にのぞくと、友人は猫砂の掃除をしている。

 二人で黙々と閉店作業を行い、店を出る。シャッターを下ろし、友人が朔夜の入ったケージを持ち上げた。


「で、どうしよう?

 朔夜置いてきた方が良い?」

「いや、いいよ。おうちお邪魔していい?」

「ん、大丈夫。もしアレなら泊まってったらいいし。

 あとでごはんとお酒買いに行こ」

「……うん、ありがとう」


 明日もお店があるだろうに、お酒が弱いくせに付き合ってくれるんだ――そう思うと、ちょっと胸がグッとなった。そっと息を吐き、ケージを見る。


「……さくちゃん、ちょっとみのり借りるね」


 そう言うと、ふんっと鼻息が聞こえた。「しょうがねぇな」と聞こえるようなソレに二人で笑い、友人の家へと向かった。


 ――今日、本命だった企業の面接に行き、「残念ですが」というメールを最寄り駅に着いた時に受け取った。

 転職活動がすぐに終わるとは思わなかったが、「ここに行きたい」と思った企業の面接に行った当日に断られると心が折れる。


 こちらの気持ちに関係なくマイペースに過ごす猫に癒やされ、さりげない気遣いをしてくれる友人に癒やされ――少しだけ、胸のつかえが流れた。

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