第3話。猫カフェの休業日
「こんにちはぁ」
「ああ、みのりちゃん。いらっしゃい」
朝10時。
保護猫カフェ『よりみちねこのカフェ』の店長である芦澤みのりは、車で30分程の距離にある動物保護団体『うちの灯』の扉を開いた。廊下に顔を出した代表の中側晴子がこちらを見て、苦笑する。
「あら、また付いて来ちゃったのね」
「……ごめんなさい、ダメだって言っても強引に鞄に入ってきちゃって……」
みのりの声にかぶせるように「ニャーオ」と鞄の中から少し低めな猫の声が響く。
その声を聞きつけたのか、建物の中から「ナーォぅ」「ニャオーン」と様々な猫の鳴き声が聞こえてきた。
その様子に中側がクスリと笑う。
「……ま、いつものことだし?
今日は2匹ぐらい引き取ってくれるって話だったわよね。もう決めてる?」
「あ、はい。なんとなくは」
お邪魔します、とみのりが靴を脱いでいると、シュボッと音がする。
顔を上げると、我が家の中を歩くかのように廊下の木の上を猫がトットットッと歩いていた。
「って、さくちゃん?! ダメだって!!」
靴を放り投げる勢いで、みのりがその後を追う。
『さくちゃん』と呼ばれた猫は飼い主を気にすることなく歩き、中側の前で立ち止まった。そこで「ニャーオ」と鳴いて首を傾げる。
その姿に中側はプッと吹き出した。
「ホント相変わらずねぇ、さくちゃん。
面談に来たの? みのりちゃんだけじゃ不満?」
「にゃー」
まるで中側に答えるかのようにさくちゃんが鳴く。
ごめんなさい、とみのりが中側に謝りながら飼い猫を抱き上げた。
「……朔夜。ダメって言ったよね? 家出る時に約束したよね?」
みのりが猫を睨むが、猫は素知らぬ顔でくわぁとあくびをする。
ふっと息を吐いて、中側が後ろの扉を閉めた。
「じゃあ猫部屋に行きましょうか。
そういえば優子は元気?」
「はい、元気です。っていうか、叔母さんが元気じゃない姿って想像できないというか……」
「ホントよねぇ。
また顔見せてって言っといて」
「分かりました」
少しきしむ階段を上がった後、手前のドアを開ける。途端に猫部屋独特の匂いが漂ってきた。
部屋の中には6台ほどのケージがあり、そこに猫が8匹ほどいる。その猫の視線はすべてこちらに向いていた。
「ニャーオ」
「ニャーオ」
ケージの中の一匹が鳴き声を上げると、みのりの腕の中からも鳴き声が上がる。
みのりが中側を見ると笑顔で頷いてもらえたので、朔夜をそっと下ろした。
部屋の猫のケージに近寄っては、近付いてきた猫と鼻を軽く突き合わせる。上の段にいる猫には背伸びをして挨拶をしている。
その様子をみのりと中側が見ていると、足元に戻って来た朔夜が「にゃ」と鳴いた。
「決まったの? 予定通りかえでちゃんとふゆきくん?」
かえでは真ん中上段のケージにいるキジトラで、ふゆきは奥下段のケージにいるサビ猫だ。2匹に近寄ってみると、落ち着いた様子で入り口側に座っていた。
「え、でもふゆきはともかく、かえでは大丈夫?」
おもわずと言った感じで中側が声を出した。かえでは警戒心が強く、高いところを好む猫だ。そんな猫を猫カフェに連れて行くのは、と思ったが
「大丈夫そうです。多分ふゆきくんがいるから、かな?」
みのりが朔夜を見下ろすと、そのすねをしっぽで撫でた。
当のふゆきはカリカリと首元をかいている。その様子に納得したのか、中側がみのりの方を向いた。
「引き出してもらえるのは助かるけど、そっちのケージは大丈夫?」
「はい、この前ユキちゃんが卒業したので。
かえでちゃんとふゆきくんにはそこに入ってもらう予定です」
「分かったわ。じゃあケージ取ってくるわね」
「はい、お願いします」
中側が立ち去った部屋で、みのりがまずかえでに近付く。
指を差し出すとクンクンと嗅いだ後、その指に身体を擦りつけた。その姿に笑みを浮かべ、手を差し入れ、その身体をそっと撫でる。次に近寄ったふゆきにも同じことをしていると、お尻の辺りを強く押された。
「おっと……」
慌てて目の前のケージで身体を支えて振り返ると、ぐいぐいと朔夜が身体を擦りつけてくる。
はいはい、と言いながらその身体を撫でると満足そうに喉をそらした。
「お待たせー」
「ありがとうございます。キャリーお借りします」
ケージを持ってきた中側からみのりがケージを受け取る。
ふゆきのドア前にセットしてケージのドアを開けると、ふゆきがスッとキャリーに入っていく。
もう1台のキャリーをセットしてかえでのケージのドアを開けると、かえでもキャリーに入った。
「……ホント、毎回大人しく入るわよね。
今度さくちゃん貸してくれない?」
「病院行く時には絶対無理ですよ? というか、さくちゃん自体が大人しく入ってくれませんもん」
「そっか、やっぱダメかー……」
首を左右に振る中側の様子に、みのりもうんうんと頷く。
朔夜を鞄に入れ直し、みのりと中側でキャリーをそれぞれ持って外に出た。
車に乗せてもどの猫も鳴く様子がない。
それを見て「いつもこうだったらいいのに……」と零す中側に、「ホントですよねぇ」とみのりが相づちを打った。
「それじゃあ、今日もありがとうございました。
叔母さんにも中側さんに連絡するよう伝えておきますね」
「うん、よろしくね。
ってかみのりちゃんも大変ねぇ。まぁうちも引き取ってもらえるから助かってるんだけど。
……ホント大丈夫?」
「っ、……ありがとうございます。
うーん、大変ですけどなんとか。まぁ資金面は叔母さんが助けてくれてますし、さくちゃんもいますから。
でも……なんかあったら、また相談させてくださいね?」
「分かったわ。気をつけてね」
「はい、ありがとうございました!」
みのりは車に乗り込み、手を振る中側に頭を下げる。
店に着いたらまずかえでとふゆきをケージに移してそれから……と考えていると、「ンなーォウ……」と不満そうな声がした。その声に息を吐き、声をかける。
「っもう、このやきもちやき!
元々こんなことになってるのはアンタのせいなんだからね?」
そう言うと猫は声色を変えて「にゃーお」と素知らぬ声で鳴いた。




