第33話。お休み後のゆかりさん。
「おはようございます、昨日はありがとうございました」
店長の芦澤みのりが出勤すると、それに気づいたゆかりさんから頭を下げられた。
休みは当然の権利だ、わざわざお礼を言われる必要もない――少なくともみのりはそう思う。
「気にしないでください。お礼も大丈夫ですよ。
それより無事整理券もらえました?」
「はい、バッチリです!」
すごくうれしそうにゆかりさんが言う姿に、みのりも「よかった」と声が漏れた。
「結構人来てたんですか?」
「ええ、すごく!
私の何人か後で配布が終わっちゃいました。本当にお休みいただけて助かりました!」
ゆかりさんのニコニコ顔が止まらない。
そうか、そんなに人気なのか。そう聞くと、興味もなかったのに惜しい気がするのは何故だろう?
「すごい人気なんですね……」
「私もビックリしました。
元々人気の作家さんですけど、映画公開ってなったから……。息子も喜んでました」
「本当に良かったです。
何時ぐらいに行かれたんですか?」
「行ったのは開店時間ぐらいですね。
お店の人がセッティングしてたり、「まだ並ばないでください」って声かけされたりしてたので、見えるところで待ってました」
クスクス笑いながら言っているが、それは結構大変だ。
「……お疲れ様です」
「いえ、こちらこそ。ご迷惑をおかけしました」
お互い頭を下げ合い、笑い合う。
(でもゆかりさんが休んでてくれてよかった……)
昨日は例の佐々木さんが来てた日だ。ゆかりさんと鉢合わせしたらと思うと――ちょっとどうなったか分からなくて怖い。
(佐々木さんについて聞いてみようかな……)
チラリとゆかりさんを見るが、ニコニコ顔を見て止めた。わざわざ聞くほどのことでもない。なにかあったらその時に聞けばいいだろう。
(……あの人の件はアレで片づいてくれればいいんだけど……)
どうだろう? でも人の心はそう簡単になんとかなるものではないのかもしれない。
「あ、そうだ!」
パチンと手を叩く音に、みのりがビクリと振り返れば、手を合わせたゆかりさんがぐるりとこちらを向く。……後ろ暗いことはなにもないはずなのに、何故かみのりはドキリと身構えてしまった。
「チラシの件、ありがとうございました。
主人がご迷惑をおかけしまして……」
再び頭を下げてくるゆかりさんに、「とんでもない!」と慌てて手を振る。
「……主人と息子が喜んでました。佐枝さんにもお礼を言っておいてください。
早速頼んでたみたいなので、お受け取りくださいね」
「こちらこそありがとうございます。佐枝もきっと喜びます。
……でもなんで息子さんまで?」
みのりが首を傾げると、ゆかりさんが困ったように笑った。
「息子が少し猫アレルギーなんです。でも猫は好きなので……」
「ああ、なるほど……。それはつらいですね」
「昔は大丈夫だったんですけど、なにがきっかけになるかは分かりませんもんね……」
ふぅ……とゆかりさんがため息を吐く。
(もしかして……)
ゆかりさんはそれで猫カフェに勤めてるんだろうか。
Mofittoを辞めた後にうちに通ってくれた理由は多分そういうことなんだろう――そう思った。
猫に触れたい。でも家では飼えない。この辺りでは野良猫を見かけることもあまりないので、触れ合いたくなったら利用していたのだろう。
「そう言えば、なにを送ってくださったんですか?」
話を切り替えるように、みのりがゆかりさんに尋ねる。
きょとんとした後に、ゆかりさんがクスクスと笑い出した。
「ペットフードをそれぞれ1袋。あの人ったら『なによりメシだ』って聞かなくて……」
「いえ……本当に助かります。ありがとうございます」
みのりが頭を下げれば、ゆかりさんが今度は手を振る。
クスクス笑い合いながら、みのりはカウンターに入り、パソコンを立ち上げた。




