第32話。ここは保護猫カフェなんです
「あの人が……?」
振り向こうとする自分の体を、みのりは懸命に押しとどめる。
「そうそう。物腰穏やかだけど、結構しつこいみたいだから。気をつけてね」
「なんかあったら助けに行くから言ってね」
山崎さんの忠告に、夏川さんも後押ししてくれる。……ありがたいが、ありがたくない。助けを求める必要になんて、絶対になりたくない。面倒ではないか。
「……ではチラシは2枚ずつで大丈夫ですか?」
みのりはコクリと頷いた後、先ほどまでの潜めた声ではなく普段通りの声で二人に確認した。
突然の話に二人は目を大きくしていたが、すぐにコクコクと頷いてくれる。
「うん、それで。
もしもっと欲しくなったらまたお願いしてもいい?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「……ッ、みのりさん!」
立ち上がりかけたみのりを、山崎さんの声が止める。
みのりが山崎さんを見ると「あの……」ともじもじした後に、両手を握りしめて前のめりになった。
「データ、もらえたりとか……!」
みのりはおもわず笑ってしまった。
「……ごめんなさい、それは叔母に確認してみないと」
「あ、無理なら大丈夫だから。
って言うか、それで推し写真みたいなの作れない? それ作ってくれたらそれでもいいから! ちーちゃんのだけが欲しいの!」
「山崎さん……」
……うれしいような、悲しいような。
山崎さんは他の猫たちもかわいがってくれているし、推しを愛でたい気持ちも分かる。それでも……そう言い切られてしまうと、ちょっと切ない。
「これ特別かわいいもんねぇ、きょーちゃんの言うことも分かるよ。
私もハナちゃんだけの写真欲しいもん」
あまりのかわいさに倒れちゃうかもだけど、と夏川さんが笑う。それに「そうなの! さすがさとちゃん!」と山崎さんが大きく頷いている。
そう言われると、みのりも少し考える。たしかに今回の写真は朔夜が頑張ったからか、いつもよりずっとかわいく撮れている。そういう声があるのなら、申し訳ないがグッズにするのもありかもしれない。
「ありがとうございます、参考にさせていただきます」
「遠慮なく私らからも取っていいんだからね。いらない物は買わないし」
そう言ってくれる夏川さんに救われる。
みのりは「ありがとうございます」と頭を下げ、今度こそカウンターへと戻っていった。
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「あの……」
「はい?」
会計を終えた男性――佐々木さんが声をかけてくる。
カウンターの中でみのりが首を傾げると、佐々木さんが言葉を継いだ。
「先ほど写真のデータは叔母様に確認とおっしゃっていましたが……」
「ええ。この店は私の店ですが、叔母が経営する一部門として営業しております。
この規模ですので、スタッフ募集に関しては叔母とも意見が一致しております」
申し訳ございません――そう言ってみのりが頭を下げると、渋々ではあるが佐々木さんは納得したようだった。
「それに……」
言わなくてもいいかな――チラリとそう思ったが、やはり言っておきたい。
そう思い、みのりは言葉を継ぐ。
「ここは保護猫カフェで、猫たちのために営業している店です。……この子たちの新しい出会いの場として。
そこをご理解いただけますと幸いです」
(……伝わらなくてもいいけど)
伝わってくれればもっといいな――みのりはそう思う。
ここは『保護』猫カフェなのだ。この子たちと触れ合い、さみしいけれどいつか連れて帰ってくれる人がいて欲しい。ユキちゃんのように、家族になる人が現れて欲しいのだ。それが――朔夜の願いなのだから。
「……失礼します」
そう言って佐々木さんは内扉へ向けて歩いて行く。その背中にみのりは「ありがとうございました」の声とともに頭を下げた。
顔を上げるとカウンターに朔夜が上がってくる。手を伸ばすと、その手に頭を擦り寄せられた。頭を撫で、体を撫でる。大人しく撫でられる様子に、
(ご褒美だな……)
そう思い、クスリと笑った。途端、ペシッと手を叩かれた。




