第31話。……ここは保護猫カフェですよ。
「いらっしゃいませ、ようこそ『よりみちねこのカフェ』へ」
内扉を開けて入ってきた男性客に、店長の芦澤みのりは頭を下げた。
少しキョロキョロと周りを見回した男性客だが、まっすぐにこちらに向かって歩いてくる。
「あの……今日は山辺さんは……」
「申し訳ございません。山辺は本日お休みをいただいております」
「そうですか……」
猫カフェに来て、いきなりゆかりさんのことを聞いてくるってどういうことだろう?
そう思いつつも、みのりは失礼にならないように頭を下げる。ゆかりさんが休みだということを聞いた男性は、少し残念そうにしていた。
(……次の出勤予定は――言わない方がいいよね、多分)
ゆかりさんと顔見知りであれば、ゆかりさんから予定を聞いてくるはずだ。ゆかりさんの出勤予定を知らず、しかも男性――
(これは……アレか)
多分Mofitto梅川店関連の、ゆかりさん狙いのお客さんだろう。
最近落ち着いたと思ったら、まだ来るのか。
(悪い人たちじゃないんだけど……)
でも目的が分かりやすく『ゆかりさんに会いに来た』だ。ゆかりさんがいないと帰ってしまう人も中にはいた。
(まぁそんな人はこっちから願い下げなんだけど……)
今日の人は果たしてどっちか。
ぎゅっと手を握ってみのりは相手の反応を待つ。
口に手を当ててうつむいていた男性は、顔を上げると「えーっと……」とカウンターを見る。そして「30分で、お願いできますか?」と口にした。
「30分のご利用ですね。ありがとうございます。
当店ワンドリンク制となっておりまして、こちらのペットボトルの購入をお願いしております」
みのりは説明とともにドリンクメニューを差し出す。男性が緑茶を指差すのを確認し、
「ペットボトルは後でお持ちしますね。お荷物をこちらのロッカーに入れて、おくつろぎください」
そう言ってみのりが頭を下げると、男性はカウンターから離れていった。
ホッと内心息を吐くと、再び内扉が開く。
「いらっしゃいませ」
「みのりさん、やっほー」
「こんにちはー」
そう言って入ってきたのは山崎さんと夏川さんだ。
「1時間で、ドリンクはゆずみつで」
「私はウーロン茶でお願い」
「はい、ありがとうございます」
さすが常連、話が早い。
みのりが小さいトートバッグを持ってカウンターを出ようとした時に
「なにコレ?!」
肩がおもわず震えるほどの、すごい絶叫が聞こえた。
なにかと思って振り返れば山崎さんが壁に貼ったチラシに張り付いている。
「あー……」と思いながら、みのりが山崎さんたちに近づく。
「友達が作ってくれたんです。とあるお客様からお声がけいただきまして……」
「そうなの?! 写真もその子が撮ったの?! 天才じゃない!」
「ちーちゃんが天使すぎる!!」とさらにチラシに近づく山崎さんの勢いに、さすがのみのりもちょっと引く。
「ハナちゃんもかわいいねぇ」と夏川さんもご満悦だ。
そんな二人に「ありがとうございます」とみのりが頭を下げると、「これもらえたりとか……」と山崎さんの口から洩れる。
(さすが山崎さん……)
金橋さんの予想通りだ。
プルプルする口角を持ち上げながら「ご用意しておきますね」と答えて、みのりはスタッフルームへと急いだ。
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「お待たせしました、ウーロン茶です」
「ありがとうございます」
急ぎ足で戻り、みのりは注文を受けたドリンクを手渡す。
笑みを浮かべたまま頭を下げてくれる男性客に、内心ホッとしながらみのりが立ち去ろうとすると、「あの……」と声をかけられた。
「はい?」
みのりは体勢を戻して男性客に向き直る。
男性がこちらをまっすぐ見てきた。
「……失礼ですが、手が足りていらっしゃらないのではないですか?
もしよろしければお力になりますが……」
「……ドリンクをお待たせした身で言えることではないんですけど、大丈夫です。
ご覧いただいている通り大きな店でもありませんので」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」とみのりが頭を下げると、少し渋るような様子を見せたが、男性客は頷いてくれた。
「みのりさーん」
「はーい。
……申し訳ありません。失礼いたしますね」
山崎さんに呼ばれて、みのりは男性客に頭を下げてからその場を離れる。
ドリンクを持って山崎さんたちのところへと向かうと、夏川さんが「ありがとー」とウーロン茶を受け取ってくれる。その声に紛れ込ませるように山崎さんが呟いた。
「気をつけて」
「え?」
「あの人、佐々木さん。Mofittoでゆかりさんに言い寄ってた人だよ」
ゆかりさんが辞めることになった原因の、あの。
みのりは振り返らないようにするので、必死だった。




