第30話。いやでも申し訳ないですし……
「あれ……?」
不思議そうな金橋さんの声に、店長の芦澤みのりはビクリと肩を震わせる。
ちらりとみのりが金橋さんをうかがえば、金橋さんは1枚の印刷物をじっくりと見ていた。
「……寄付の受付、始めたんですか?」
首を傾げてみのりを見る金橋さんに、みのりは「はい……」と小声で答えて身を縮こまらせた。……いたたまれない。
「とあるお客様からお声がけいただきまして……」
(ごめんなさい。特に金橋さんはほとんど毎日来てくれてるのに、本当にごめんなさい……!)
心の中で平謝りするみのりの耳に飛び込んできたのは、「いや、いいんじゃないですかね?」との予想外の言葉だった。
「はい?!」
おもわず声を上げたみのりに、金橋さんがビクリと体を震わす。
ごめんなさい、と謝るみのりに、金橋さんが笑いながら手を振った。
「いや、よそのお店や団体でもやってることですし、そんなに気にされなくても。
実際経費としても餌代なんかは結構かかるでしょう? だから『助けてください』って声を上げるのはいいんじゃないですか?」
「でもお店にも来てくださるのにそんな……」
みのりがしょぼんと肩を落として呟けば、金橋さんが「いやいや」とまた笑う。
「世の中には『推し商法』とかがあるんですから、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。
やりたい人がやるものでしょうし、『この子のために……』って思えるならなにかを一回我慢するぐらいでしょう? 無駄に遣うよりいいんじゃないですかね?」
「そう言ってもらえるならありがたいんですけど……」
「少なくとも僕はそう思いますよ?」
「……ありがとうございます」
金橋さんの心遣いが本当にありがたい。
金橋さんに頭を下げると、目の端になにかが見えた。そちらに顔を向けると、カウンターに上がってきたらしい朔夜がいる。――フンと鼻を鳴らし……心なしかドヤ顔に見えた。なんか腹立たしい。
みのりが手を伸ばすと、その手が空を切った。音もなく床に降り立った朔夜が再びこちらを見、フンと鼻を鳴らす。……どうしてやろうか、あの猫。
ククク……と声が聞こえて、みのりが我に返る。
慌てて振り返れば、金橋さんが声を押し殺して肩を揺らしていた。
「……失礼しました」
金橋さんは手だけを軽く振ってくる。
(……そんなに笑わなくても……)
みのりが口をへの字に曲げれば、笑いのツボから帰ってきた金橋さんが「……それにしても」と声を漏らした。
「とてもきれいに作られてますね。これはみのりさんが?」
「いえ、友人が。
『生成AIもあるし、簡単にできるんだ』って言って、作ってくれたんです」
『私のポートフォリオにもなる』と言っていたことは……まぁ言わなくてもいいだろう。
「猫たちもきれいにならんで撮れてますね。まるで人間みたいだ」
「……あ、ありがとうございます」
ギクリと心臓を鳴らしながら、みのりが金橋さんにお礼を言う。
そんなみのりの様子に気づいた様子がない金橋さんは「ふむ」と頷いた後、みのりを振り返った。
「このチラシ、僕にもいただけますか?」
「……いいんですか?」
「いつもお世話になってますし、これぐらいは」
「はぁ……」
(お世話になってるのはこっちだと思うんだけど……?)
首を傾げながらもみのりはパソコンに向かい、プリンタで印刷する。
金橋さんに手渡しながら「ありがとうございます」と言えば、金橋さんは笑顔で「いえいえ」と受け取ってくれた。
「これ、何枚か印刷しておいてもいいと思いますよ?
都度印刷も大変ですし、それにほら……ちーちゃんがとてもかわいく撮れてる」
きっと山崎さんが欲しがると思いますよ?
そう言われれば「そうかもな」と思う。だがそれをダシに配るのもなんだか申し訳ない……。
表情を曇らせたみのりに、「寄付するかどうかは山崎さんの自由ですから」と金橋さんが困ったように笑う。
「……ありがとうございます」
「いえいえ。みのりさんも、あまり気になさらず。
みんないい大人なんですから」
「はい……」
みのりが頭を下げれば、金橋さんはチラシを手に持ったまま定位置のテーブル席へと向かう。
みのりはふぅ……と息を吐き、ためらいながらも印刷ボタンをクリックした。




