第34話。え? は?!
「みのりさんッ!!」
「ひゃいぃぃ!」
突然の叫び声に、店長の芦澤みのりは文字通り飛び上がった。
激しく打つ胸に手を押さえながら振り返ると――……
「はやま、さん……?」
内扉から顔をのぞかせているのは、白猫・ユキちゃんを引き取ってくださった葉山さんだ。が、いつもと雰囲気が全然違う。
まるで自宅の玄関のように靴を内扉の向こうで脱ぎ散らかし、眉間に皺を寄せた葉山さんがズンズンと入ってくる。
怖い、はっきり言ってかなり怖い。
「みのりさん!」
「はいッ!」
若干涙目になりながらみのりが声を上げると、「お願いします!」と葉山さんが見事なお辞儀をした。90度だ。
「え……?」
わけが分からず混乱するみのりを前に、葉山さんはそのまま動かない。
「は、葉山さん? 一体……?」
オロオロとみのりが問いかければ、がばっと顔を上げた葉山さんの表情はひどく真剣だ。何事かと思った時、
「ユキちゃんを、明日まで預かってください!」
そう言ってまた90度に頭を下げた。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「えっと……どういうことですかね?」
あのままカウンター前でする話じゃない――そう思い、とりあえず葉山さんをスタッフルームに通した。
葉山さんは時間を気にして時計をチラチラ確認しているが、事情も聞かずに預かるわけにはいかないのだ。
「実は16時の飛行機に乗らないといけなくなって……」
「はぁ?!」
おもわずみのりも声が上がる。今時計を見ると――13時前だ。え? この人なに言ってんの?!
「今からユキちゃんを安心して預けられる場所なんてみのりさんとこ以外なくて!
お願いします!」
そう言って再び90度に頭を下げる葉山さんに二の句が継げない。
(いやそんなことよりも早くいかないと飛行機が……)
「いや、でもユキちゃん……あ、荷造りとか……え??」
「荷造りは大丈夫です! ユキちゃんは……不便かけるけど、みのりさんがいいなら最悪身一つで……!」
身一つでなんだ。いや分かるけど。
「いや、でも……」
「にゃぁお」
その時聞こえた声に振り返った。すると猫用ドアの側に朔夜がいる。
「さく、や?」
滑るように近づいてきた朔夜が足元で立ち止まり、
「いたッ!」
ふくらはぎにかぶりついてくる。
いや、そんな大声上げるほどじゃないけど、でも痛っ!
ビックリしてみのりが朔夜を見れば、くいっと顎が動く。
その方向を見れば、また後頭部しか見えない葉山さんの姿がそこにある。
(そんなことしてる場合じゃないだろうに……)
本当にもう、色々それどころじゃない。
ふぅ、とみのりはため息を吐く。
「……分かりました。とりあえずユキちゃんを連れてきてもらえますか? ……いや、一緒に行った方がいいですかね?」
「……ッ! いや、大丈夫です。ここ駅前だし!
ありがとうございます、すぐ連れてきます!」
顔を上げた葉山さんが再び頭を下げて、スタッフルームから飛び出していく。そのまま呆然としていると、コンコンとスタッフルームがノックされた。
「……みのりさん? 大丈夫ですか??」
少し隙間を開けて、ゆかりさんが心配そうな顔で声をかけてくれる。
それにコクコクと頷き、とりあえずみのりはスタッフルームを出た。
店内に、変わった様子はない。猫たちはいつも通り思い思いにしているし、金橋さんは……パソコンに向かっている。
申し訳なくて頭を下げれば、気づいた金橋さんが首を振って困ったように笑っている。
もう一度頭を下げ、みのりはカウンターへと向かった。




