第28話。……イケオジ?!
閉店前に内扉を開けて入ってきたお客さんを見て、店長の芦澤みのりは目を丸くした。
「いらっしゃいませ」
動揺を隠すようにみのりは頭を下げる。
口元に笑みを浮かべた男性は、みのりの目から見てもすごかった。うん、すごいとしか言いようがない。
(……こういう人を『フェロモン垂れ流し』って言うのかしら?)
柔らかそうに少しウェーブした髪は後ろに流され、切れ長のキリッとした目元が口元と同じく柔らかなカーブを描いている。背も高く、ピシッとしたスーツを着こなすその男性は――場違い感がとんでもない。
みのりが内心汗を流している間に、男性はカウンターへと近づいてきた。
「……閉店前にすみません。
30分でお願いできますか? えっと……」
「あ、はい。承知いたしました。
ドリンクはこちらからお選びください」
「ではこちらを」
そう言って男性が指差したのはウーロン茶だ。
コーヒーじゃないんだ、と偏見まみれの内心を押し隠しながら、みのりは「承知いたしました」と復唱する。
「お荷物をロッカーに入れて、お好きな場所でおくつろぎください」
そう言えば、男性は「ありがとう」とニコリと微笑む。
(……うわーっっ!!)
低く渋い声に、ほのかに香る香水。そしてイケオジの微笑み!
みのりは内心叫び声を上げた。覚悟してなければ赤面するか腰が抜けるんじゃないかと思うほどだ。
アレだ、きっと人間兵器に違いない!
「……あら?」
ゆかりさんの声が聞こえた。
振り返ればゆかりさんがスタッフルームの扉を閉めてこちらに歩いてくる。その顔は少し驚いているだけで、まったくいつもと変わらない。
(ゆかりさんぐらいの美人だと、こんな人も見慣れてるのかしら……?!)
なにげにひどいことを考えるが口には出さない。
お客様の前に立ったゆかりさんが、首を傾げた。
「どうしたの? 待ち合わせ時間より早いけど……」
(は?)
「今日は早めに終わったんだ。
せっかくだからきみの職場を見てみたいと思ってね」
(え?)
おもわずぽかんと口を開ければ、ゆかりさんがこちらを見て困ったように笑った。
「ごめんなさい、みのりさん。
主人です」
「初めまして。いつも妻がお世話になっております」
ゆかりさんの声に、男性が頭を下げる。
慌ててみのりも「いえ、こちらこそいつもゆかりさんにはお世話に……!」と声を上げて頭を下げる。
なるほど、なんか納得した。
「あ、じゃあゆかりさんもう上がられますか?
まだキャンセルできますし……」
「いえ、せっかくなのでお邪魔しても大丈夫ですか?」
山辺さんの言葉にゆかりさんを見ると、ゆかりさんが頭を下げてくる。
「ありがとうございます」とみのりが口にすると、「こちらこそ」と山辺さんが返してくれた。
窓際へと歩いていく山辺さんを見送っていると、ゆかりさんが注文を見て「ウーロン茶取ってきますね」とスタッフルームに向かってくれる。
ペットボトルを持って戻って来たゆかりさんを見て、みのりは外の看板の片づけに向かった。
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イケオジだからといって猫にまでモテるというわけじゃないんだな――そう思えた30分だった。
好奇心の塊でできたようなちーちゃんたちも興味は持っていたようだけど、遠巻きにしている。山辺さんは呼びかけていたけど、残念ながら朔夜も含めて近づく子はいなかった。
ちょっとがっかりしたような山辺さんだったが、その後は開き直ったのかテーブル席に移動して金橋さんのようにパソコンを取り出した。……なんか非常に申し訳なくなった。
「……店長さん」
「はい?」
支払いを済ませた山辺さんに呼びかけられる。
隣にいるゆかりさん――最後まで残って仕事をしようとするのを説得するのが大変だった――も不思議そうにしている辺り、山辺さんがなにを言うつもりなのか、ゆかりさんも分からないのだろう。
そんなゆかりさんの様子を見つつ、みのりが首を傾げると、山辺さんがこちらをまっすぐ見たまま口にしてくる。
「こちらの店舗では寄付リストの公開などはなさってないんですか?」
「え? ええ。なんかお願いするのも申し訳ない気がするので。
寄付していただくよりは、お店に来ていただける方がありがたいですし……」
なるほど……、そう山辺さんが頷いた。
「残念ながら私はなかなかうかがえないと思いますので、そういった形でお役に立てればとは思います。
もしよろしければご検討いただけませんか? 寄付するしないは個人の判断ですしね」
「ええ……」
困惑しながら頷けば、ゆかりさんが「無理言わないで」と腕を引っ張ってくれている。
山辺さんは「失礼しました」と、困ったように笑いながら頭を下げてくれた。
山辺夫婦が内扉から出ていく姿を見ながら、みのりは頭を下げる。
入れ替わるようにカウンターにやってきた朔夜が「なうー……」と不満げに鳴いた。




