第27話。中野さんご夫妻、ご来店。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
内扉が開き、中野さんが入ってくる。その後ろに小柄な女性がいることに、店長の芦澤みのりは気づいた。
中野さんはニコニコとしているが、その女性は一歩後ろに下がって少し不安そうにしている。
「今日は家内と二人で。30分お願いできる?」
「かしこまりました。ドリンクはどうされますか?」
「私はこのお茶で……。秀美、どうする?」
「え? あ……」
そう驚いたように声を上げた女性が近づき、ドリンクメニューを見る。少し悩んで「これで……」と中野さんと同じお茶を選んだ。
「ありがとうございます。
お荷物をロッカーに入れて、お好きな場所でおくつろぎください」
そう頭を下げれば、おずおずといった様子で女性も頭を下げてくれた。
中野さんにうながされて女性もロッカーへと近づく。
カウンターを出ようとした時に「まぁ……!」と上がった声に、みのりは振り返った。
中野さんご夫婦が窓際でしゃがんでいる。
(しずくかな……?)
そう思いながら、みのりはスタッフルームへと入った。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
ペットボトルを手にみのりが戻ると、中野さんご夫妻がニコニコとしずくを撫でている。しずくも大人しく撫でられていた。……まんざらでもなさそうだ。
「あの……」
「はい?」
声をかけられてみのりは立ち止まる。
胸元に手を当てた女性が、うかがうように声を出した。
「しずくちゃんは……どういう子ですか?」
みのりは奥さんの元に近づき、膝をつく。
「しずくはとても穏やかで優しい子です。今5歳のメスで……みんなのおねえさんですね」
「そうなのね。
あの、この子はどうしてここに……?」
「ご家庭の事情で、飼えなくなってしまったそうです。
とても可愛がっていらっしゃったそうなんですが、施設に入られるということで……」
「まぁ……」
口元に手を当てた奥さんの目がしずくへ向かう。
しずくは気にする様子もなく、中野さんに静かに撫でられていた。
「……中野さんから、以前しずくと似た子を飼われていたとうかがいました。
どんな子でした?」
「主人ったらそんなこと……。
うちの子……にゃーちゃんというんですけどね。にゃーちゃんは甘えんぼさんでした。やんちゃな子で、よく夜中に走り回る子で……」
思い出すとおかしくなったのだろう。
奥さんは口に手を当ててクスクスと笑い出す。困ったことを話していても、その顔はずっと笑っている。
(とてもかわいがっていたんだろうな……)
そんな様子が、感じられた。
にゃーちゃんの話やしずくの話をしていると、朔夜が近寄ってくる。奥さんは「あらあら?」と言いつつも、朔夜にも挨拶し、笑顔で背を撫でてくれていた。
「……ごゆっくりお過ごしください」
みのりがそう声をかければ、奥さんは笑顔で頷いてくれた。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
30分後、中野さんご夫妻がしずくを撫でて立ち上がる。
先にカウンターに来た中野さんが「お会計を」と声をかけてくださる。
決済コードの読み込みを確認し、「ありがとうございました」とみのりが声をかける。
「……また来るよ」
「はい、お待ちしております」
手を上げる中野さんと、ニコニコと笑いながら頭を下げてくれる奥さんに、もう一度頭を下げる。
中野さんご夫妻が出て行くのを見て、ふぅ……とみのりは息を吐き出した。
カウンターに、朔夜がひょいっと乗り上げてくる。
「さく……」
頭を撫でれば、手に擦りつけるようにする。
「うん。そっか……。
寂しくなるね」
みのりの手に頭をもう一押しし、朔夜はするりとカウンターから降りていった。その足でしずくの元へと近づいていく。
その姿を見て、みのりはもう一度ため息を吐いた。




