第23話。再来店と、お詫びの品
「いらっしゃいま……」
「こ、こんにちは……」
内扉を少し開けてこちらを見てきたお客様が、自分の顔を見て上目遣いでビクビクしている。
……一瞬身構えてしまったことに、店長・芦澤みのりは申し訳なく思ってしまった。
(でも仕方ないじゃない……!)
改めて「いらっしゃいませ」と頭を下げると、そのお客様がそろそろと中に入ってくる。
彼女はたしか神田さん。一週間前に初めて来店してくださったお客様で――猫に避けられてキレまくったお客様だった。一週間――お客様をスタッフルームに招き入れ、愚痴を聞くという、とんでも出来事が忘れられるほど前の話ではない。
今度はなんだ――内心そう思いながら、みのりはカウンターにやってきた神田さんと向き合った。
「ようこそ……」
「先日は申し訳ありませんでした!」
みのりの言葉にかぶせるように、神田さんが大声を上げて頭を下げる。
みのりがギョッと目をむけば、頭を上げた神田さんが持っていた紙袋をカウンターに置いてこちらに寄せた。
「初めてうかがった店で、いきなり八つ当たりとかして申し訳ありませんでした!
こちらお詫びの品です。お受け取りください」
本当にごめんなさい!
そう言って再び頭を下げる神田さんに「あの、声が……!」と言えば、再び「ごめんなさい!」と大声で謝られる。
気持ちは分かるが勘弁してほしい。猫もお客様もいるのだ。
ちらりと店内を見れば、金橋さんがビックリしたようにこちらを見ている。
(たしかあの日、金橋さんもいたよね……)
内心冷や汗を流しながら、目が合った金橋さんにペコペコと頭を下げる。
金橋さんは何度か頷いた後、再びパソコンに向かってくれた。
(でも気にしてくれてるんだろうなぁ……)
きっとこちらの会話もうかがってくれているに違いない。
(リラックスしてもらうはずのお店で気を遣わせてしまってごめんなさい……)
……その本人は、何故かずっとパソコンに向かっているが、そこはそれ。個人の自由だ。
心の中で金橋さんに謝りながら、目の前でペコペコ頭を下げるお客様に向き合った。
「あの……もう大丈夫ですか?」
みのりがそう口にすれば、目を大きくした神田さんに「……ッ! はい、ありがとうございます!」とハキハキした声で答えられる。
そっと口に指を1本当てると、神田さんはバッと口を覆って、またペコペコと頭を下げた。
「あの、お気持ちはうれしいんですが、お詫びは先日も謝っていただきましたし大丈夫ですよ?」
そう言ってカウンターに置かれた紙袋をそっと押し戻せば、神田さんの眉が下がった。
「……ご迷惑ですか?」
「お気持ちはありがたいですが、いただく理由がございません」
謝罪もいただいてますし、済んだことですから――そう言えば、神田さんの肩まで丸くなった。
「……返されても困ります。ご迷惑じゃなければ受け取ってください」
うち猫飼ってないですし――そう呟く彼女に、みのりは顔を覆いたくなった。
「…………中身を拝見しても?」
そう声をかければ、頷かれる。
ドキドキしながら取り出せば、紙袋の中から出てきたのは、きれいに梱包された2つの品だった。中身はさっぱり分からない。梱包紙の一つは百貨店の、もう一つはみのりもよく知るペットチェーン店のものだった。
(うん、やっぱり『神田』さんだった……)
熨斗紙を見て内心で頷く。改めてみのりが神田さんをうかがえば、コクリと頷かれた。
仕方なくみのりが梱包を解かせてもらうと、そこに現れたのは百貨店に入っているみのりも大好きな洋菓子メーカーの箱とお店でも出している猫用おやつの箱だった。
うぐッ、とみのりの喉が鳴る。
「……猫、飼われてないんですか? どなたかお知り合いの方とか……」
プルプルと首を振る姿に、内心ザァッと血の気が引いた。
(……! 私のバカ―っっ!!)
みのりは脳内の自分をタコ殴りにした。
前に聞いていたじゃないか、『一人暮らしで、友達もいないらしい。話を聞いてくれる人もいない』って!
ふぅー……と音をたてないように、息を長く吐く。
「……では、ありがたく。
猫へのお詫びのお品として、こちらはいただきますね。
でもこちらのお菓子は……」
「……そちらも受け取っていただけると……。お嫌い、ですか?」
(大好きですが?!)
これがあなたからじゃなければ大喜びで受け取りますが?!
……違う意味でキレそうだった。
「謝罪が終わってる、ということであれば、感謝として受け取っていただけると……」
そう言ってこちらをすがるように見つめてくる神田さんに、みのりはグッと息をつめる。
……こんな日に、頼りになるゆかりさんはお休みでいない。受け取りたい。でも受け取っていいのか?
内心ぐるぐる思い悩んでいると、「……みのりさん」と声をかけられた。
顔を上げると、金橋さんがつむぎを撫でながら困ったように微笑んでいた。
「せっかくだし、いただいてはどうでしょう?
もしみのりさんが気にされるのであれば、本日限定でお茶菓子としてお出しされては……?」
「……ッ! そうですね!」
金橋さんが一瞬神に見えた。
神田さんを振り返れば、コクコクと頷いている。
「ではありがたく……」
そう声をかければ、神田さんがホッとしたように息を吐いている。
金橋さんを振り返った彼女がペコペコと頭を下げ、金橋さんが首を振っているのが見えた。
(さて、と……)
「本日はどうされますか?」
「……30分で、お願いしてもいいですか?」
神田さんが拳をギュッと握る。
それに「ありがとうございます」と微笑んで頭を下げ、「ドリンクのご注文をお願いします」とみのりが続ければ、神田さんの顔がパッと輝いた。
「これで……!」
「かしこまりました。
お好きな場所で、おくつろぎください」
「ありがとうございます……!」
本当にうれしそうに神田さんが笑う。
その顔に「こちらこそ」と笑いかけ、荷物をロッカーに入れる神田さんを見送った。




