第21話。譲渡条件
(一体何なのよ……)
店長・芦澤みのりは痛む頭を持て余していた。
ここ最近、新規のお客さんが増えている。それ自体はうれしく、喜ばしいことだ。だが……ほぼ男性客とはこれいかに?
(女性客が多いよね、普通……)
偏見かもしれない。実際『よりみちカフェ』にも男性常連客は多くいる。それでも……ご新規さんの9割が男性なのはさすがにおかしい。研修先に選んだMofittoでのことを考えても。
ふぅと息を吐き、店内を見る。今日はまったくのご新規さんはおらず、ここ最近見慣れた人も含めたいつもの風景だ。
そう、今日ゆかりさんは――お休みだ。
チラリと視線を向けた先には、しずくと遊ぶ『見慣れた人』の姿がある。そう、Mofitto梅川店の常連・中野さんだ。1ヶ月前に来店して以来、週に2~3回は梅川からやってきて、30分ほどしずくと会って帰っていく。
『また時間見てうかがいます』とは言っていたが、言葉通りではない来店頻度だ。
ゆかりさんがいてもいなくても関係なく来店してくれる、新たな『常連』さんだ。
「みのりさん、ちょっといい?」
「……! はい、お待ちください!」
物思いにふけっていると、その中野さんから声をかけられる。
慌てて駆け寄ると、中野さんはしずくを膝に乗せてニコニコとしていた。
「来てもらっちゃってごめんね。おやつをいただいてもいい?
しずくちゃんをどかすのもかわいそうで……」
膝の上でくつろぐしずくの姿を見、中野さんは困ったようで、でもうれしそうな顔で照れ笑いを浮かべている。
中野さんとしずくの様子にクスクス笑いながら、みのりはおやつを商品棚から取って戻った。
「はい、ありがとうございます。
でもあまりあげすぎないでくださいね?」
そう声をかけて渡せば、頷きながら中野さんが封を切る。
しずくに差し出せば、しずくは満足そうに舐め、そして……匂いにつられた猫たちが集まってきた。しずくは近寄ってきた子と仲良く舐めたかと思えば、占領しようとした子にはペシペシと猫パンチを繰り広げておしおきをしている。……本当に、気性の穏やかな子だ。
「……みのりさん、ちょっとうかがってもいい?」
「はい、なんでしょう?」
ぽつりと落とされた声に、みのりは首を傾げる。
中野さんが顔を上げ、少し眉を寄せた。
「……こちらは譲渡もしているんでしょう?」
「はい。この子たちの幸せを考えて、その選択もさせていただいております」
そう答えれば、中野さんが肩を落としてしずくを見下ろした。そのしずくはおいしそうにおやつを食べている。
「私みたいなおじいさんには譲ってはもらえないんだろうね……」
「……条件次第となります。猫たちの今後が関わりますから。
ただ、年齢でお譲りできないというわけではありません。この子たち次第です」
「この子たち?」
「ええ」
しずくの頭を撫でれば、気持ちよさそうに目を閉じる。何度も撫でていると、邪魔とばかりにぺしっと猫パンチを受けた。
「ご自宅がペット可でないと、まずお譲りはできませんね」
「そりゃそうだね」
おどけてそう言えば、中野さんもあはは、と笑ってくださる。
この子たち次第か――そう言ってしずくを見る中野さんの目はとても優しい。
「……サバトラに思い入れが?」
「ううん、サバトラってわけじゃないんだけど。
昔飼ってた子にね、よく似てるんだよ」
その子はその子だし、しずくちゃんはしずくちゃんだって分かってはいるんだけどねぇ――そう困ったように中野さんが笑う。
「ちなみにこの子を預けたりは? 連れてきたり……私らになんかあった時に引き取ってもらうことは……?」
「朔夜次第です」
「さくちゃん?」
目を丸くする中野さんが、クッションで丸まる朔夜を見る。朔夜はチラリとこちらを見――目を閉じた。
「影ボスなんです。
あの子の許可がないと、この店は回りません」
「みのりさんじゃないの?」
「私も雇われですよ」
そう言うと、朔夜を何度か見た後、ククク……と中野さんが笑った。
「……いい話を聞いた。
家内と、相談してみるよ」
「……よろしくお願いします」
頭を下げて立ち上がろうとした時、中野さんから「みのりさん」と声をかけられる。
首を傾げて膝をつくと、「一つ忠告しておこう」とスマホを差し出された。そちらを見て――背筋が冷たくなる。
「……お礼だよ。
ごめんね、巻き込んで」
「…………いえ。ありがとうございます」
そう言って頭を下げると、中野さんがスマホを戻そうとする。
付いているストラップに釘づけになっているしずくを見て、「おやおや?」と声を上げていた。ゆらゆら揺れるストラップにしずくの顔が少しずつ大きく揺れ始める。
その姿を見て、みのりはカウンターへと戻った。カウンター内でスマホを手に取り、メッセージを送信する。
ふぅと一息吐くとバサリと毛の塊が顔に押し付けられた。
「わっ!」
毛を避けると、カウンターに座った朔夜がこちらを振り返っている。
ふっと肩の力が抜け、その背中をそっと撫でた。




