表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よりみちねこのカフェ  作者: 末野愛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/22

第20話。ある日の猫カフェ。

(平常心平常心……)


 店長・芦澤みのりは心の中でその単語を繰り返す。

 スタッフルームの椅子に座り、そっと息を吐いた。

 ブォーン……という空気清浄機の機械音とともに、ヒック……としゃくりあげる音が響いている。

 チラリと目を向ければ――スタッフ以外の女性が、目の前で肩を震わせていた。

 その姿を見て、内心ではぁ……とため息を漏らす。

 みのりがそっとティッシュを差し出せば、シュッと引き出す音の後にズビーッと鼻をかむ音が聞こえた。


「お客様……」

「…………ッ」


 みのりが声をかけると、女性がビクリと肩を振るわせた。


「……猫は、残念ながら気まぐれです。犬のように寄り添ってくれない子が多いです」

「……っ、て、……もっ……」

「ええ、お辛かったんですよね。

 よく分かります」


 そういう時もありますよ――そう言えば、女性の目からはさらにボロボロと涙が零れた。


「それでも。自分の想いだけで振る舞っちゃうのは違います。

 怒ってる人は、人間でも怖いでしょう?」


 ヒグッ、とすすり上げる音が目の前から聞こえてくる。

 そう、そもそも――



□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



 来店した時から、見るからに彼女は不機嫌だった。


「いらっしゃいませ、ようこそ『よりみちねこのカフェ』へ。

 お時間は30分からで、ワンドリンク制でペットボトルの購入をお願いしております」


 そう声をかけるとフンッと鼻を鳴らした後、メニューを指差した。


「30分で、ドリンクは……コレで」

「ありがとうございます。

 ペットボトルは後でお持ちしますね。お荷物をこちらのロッカーに入れて、おくつろぎください」


 ゆかりさんと二人で頭を下げると、また彼女はフンッと鼻を鳴らす。荷物をロッカーに入れた後、窓際へとノシノシ歩いていった。

 ゆかりさんとチラリと目を交わし、肩をすくめ合う。

 スタッフルームに向かうゆかりさんを見送り、みのりはそのまま彼女の様子をうかがった。

 いつもならクッションで丸まっている猫たちが、誰もいない。窓際にいるのは、そこで立ち尽くす彼女一人だ。その背中が、プルプル震えているように見えた。

 ゆかりさんはまだ出てくる様子はない。

 カウンターから立ち上がり、声をかけに行こうとした瞬間――彼女が急に振り返り、キャットハウスと兼用の棚に飛びついた。


「?!」


 その様子に驚く間もなく、バタバタと走り回る音と「シャーッ!!」と威嚇する声が聞こえる。


(ああ、ダメだ――)


「お客……」

「ッ! なん、でッ……! っ、アタシ、ッ……!!」


 兼用棚の影で姿は見えないが、食いしばるような声が聞こえてくる。

 ……猫たちの声がしない、ということは、あの子たちは彼女の手の届かないところに逃げたのだろう。


「お客様」


 みのりが近寄って声をかけると、彼女が顔を上げた。その目には涙が溢れていて――


「……本来お招きする場所ではないんですが。

 こちらで、少しお話しませんか?」


 コクリと彼女が頷いた。カウンター側まで戻っていたゆかりさんからペットボトルを受け取り、店をお願いする。

 彼女と一緒に、みのりはスタッフルームへと入った。



□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



「朝から色々あったんですね……」


 コクリと彼女が頷く。

 スタッフルームでペットボトルを飲んだ彼女の第一声は「ごめんなさい」だった。

 朝から踏んだり蹴ったりで――そう零す彼女は、癒やしを求めて立ち寄ってくれたらしい。それなのに猫たちに逃げられてカッとなった、そうつっかえながら話してくれた。

 自分がいない間に、狙っていた仕事が人に取られた。陰口を言われているのが聞こえてきた。


(嫌だなぁ……)


 どれか一つでも嫌なのに、重なるときつい。

 癒やされたくて立ち寄ったのに、猫が寄ってきてくれない――それも、きつい。

 もちろん猫は悪くない。猫だってイライラした人が来たら逃げたくもなる。

 本当にたまたま。それが重なって、彼女の限界が来てしまった。

 聞けば一人暮らしで、友達もいないらしい。話を聞いてくれる人もいない、とか……


(地獄すぎる……)


 自分だったらと思うとゾッとする。

 どうしようかな――そう思った時、ふと視線を感じた。見れば、そこに朔夜(さくや)がいる。


「さく」


 かけた声に、朔夜がじっと見……フンと鼻を鳴らした。

 のそりのそりと仕方なさそうに近づき、テーブルに乗ってくる。目の前の女性が目を丸くしていた。


「朔夜、って言います。

 良かったら撫でてやってください」


 おそるおそる、といった感じで女性の手が伸びる。触れたその手が、朔夜の背中をゆっくりと滑っていった。


「……あったかい」


 もう一度女性の手が朔夜の背に伸びる。朔夜は動かずにその手を受け入れ、また背中を手が滑っていく。何度か繰り返された後、女性の口元が少し緩んだ。


「猫は追っちゃダメですよ。

 家具になったつもりで、待ってみてください」


 そう声をかければ、女性がコクリと頷いた。

 少し笑みを浮かべて何度も朔夜の背中を撫でる彼女を見て、もう大丈夫そうかな、と思う。


「……戻りましょうか」


 女性がコクリと頷いた。

 こちらを心配そうに見つめる金橋さんやゆかりさんに頭を下げて、一緒に窓際に戻る。

 彼女が帰るまで、朔夜が寄り添ってくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ