第19話。知らないおじさん
内扉が開き、「いらっしゃいませ」の声とともに頭を下げる。
顔を上げると、そこには見知らぬ男性が立っていた。白髪でグレーがかって見える髪を七三分けに流し、キョロキョロと慣れないように見回しながらカウンターに近寄ってくる。
「あの、すみません。初めてなんですが……」
「ありがとうございます、ようこそ『よりみちねこのカフェ』へ。
お時間は30分からで、ワンドリンク制でペットボトルの購入をお願いしております」
そう店長・芦澤みのりはメニュー表とドリンク表をそっと差し出す。
顎に手を当てて考えた男性が、「とりあえず30分で、ペットボトルはこれをお願いします」と指さしてくる。
「ありがとうございます。
ペットボトルは後でお持ちしますね。お荷物をこちらのロッカーに入れて、おくつろぎください」
頭を下げれば、男性もペコリと頭を下げてくれる。
「おっ」と声が上がったのでそちらを見れば、男性の足元に朔夜がいた。
「立派な子だねぇ」
男性がそっと屈み、朔夜にそっと手を伸ばす。
一撫でされた後立ち去る朔夜に男性も立ち上がり、ロッカーに入れて窓際の方へと歩いて行った。
何かがあるわけじゃない。
でもなんとなく違和感がある。
(なんだろう……?)
首を傾げつつカウンターを出ようとすると、スタッフルームからゆかりさんが出てきた。
「! 山辺さん!」
みのりより先にゆかりを呼ぶ声がする。
振り返ると、男性が立ち上がってうれしそうに手を振っていた。
「あら、中野様。
いらっしゃいませ、ご無沙汰しております」
「久しぶり。山辺さんも元気だった?」
「はい、おかげさまで」
ニコニコと話し合う二人にみのりが首を傾げると、それに気づいたゆかりさんが笑顔で説明してくれた。
「中野様は以前お世話になったお店の常連さんなんです。
……そういえばどうしてこちらに? お住まい、梅川の方じゃなかったでしたっけ?」
不思議そうにゆかりさんが尋ねると、中野さんは少し慌てたように手を振った。
「いや、ちょっと用事でこっちまで来てね。
猫カフェあるしのぞいたら、山辺さんの姿が見えたから久しぶりだなって……」
「まぁ、そうなんですね。ありがとうございます。
ゆっくりしていってくださいね。
あ、みのりさん。ドリンク私出してきますね」
「あ、はい。ウーロン茶をお願いします」
「はい」と返事した後、中野さんに頭を下げたゆかりさんがスタッフルームに戻っていく。
それをニコニコと見送った中野さんは再び窓際へと向かい、「おおっ」と声を上げる。
今度はなんだと思えば、クッションで丸まるサバトラ・しずくの側に屈んで指を差し出していた。
(和猫好きなのかな……?)
朔夜の時よりうれしそうに撫でている気がする。
ゆかりさんがペットボトルを渡しに行くと、中野さんはすごくうれしそうに受け取っていた。ただその後も、中野さんはゆかりさんの方をチラチラと見ている。その姿が妙に気になった。
(なんかおかしいのよね……)
でも確認するほどのことじゃないし……。
悶々としつつもカウンター内で作業をしていると、30分が過ぎた。
声をかけに行こうかと顔を上げると、すでに荷物を持った中野さんがカウンターに近寄ってくる。
「いやぁ、しずくちゃんかわいいですね。また時間見てうかがいます。
えっとお会計は……」
「30分とこちらのドリンクで850円になります」
「はいはい。あ、決済コードがあるから……」
中野さんがスマホを取り出し、慣れた手つきで決済コードを読み込む。
「ありがとうございました」
「はい、ありがとう。
じゃあ山辺さんまたね」
「はい、ありがとうございます」
そう言って中野さんがひらひら手を振って帰っていく。
出ていく姿を見送ってすぐ、今度は山崎さんと夏川さんが「いや、見たことあるって」「えー、でもどこだっけ?」と言い合いながら入ってくる。
「? いらっしゃいませ」
「ゆかりさん。さっきのおじさんって……」
「以前お世話になったお店の常連さんです。
近くに来て見かけたからって立ち寄ってくださったんですって」
「へぇ……そうなんだ」
山崎さんがそう頷くが、夏川さんが少し眉を寄せている。
「えーっと……今日は30分で。ドリンクはコレで」
「私はウーロン茶で」
「はい。ありがとうございます」
ゆかりさんと一緒に頭を下げる。ゆかりさんがスタッフルームに入ると、「みのりさんみのりさん!」と山崎さんたちが駆け寄ってきた。
ビックリしていると、山崎さんたちが顔を寄せてくる。
「さっきのおじさん、気を付けた方がいいよ!」
「え?」
聞き返そうとした途端、山崎さんたちは窓際へと慌てたように戻っていく。
ガチャリとドアが開く音がして、ゆかりさんがペットボトルを持って出てきた。山崎さんたちはゆかりさんからペットボトルを受け取り、ニコニコとしている。
(まさか……)
山崎さんたちの言葉にいやな予感がして落ち着かなくなる。
(たしかに、なんか変だなって思った……)
『のぞいたらゆかりさんが見えた』って――目隠しシートを貼っているから、外からは足元からしか店内をのぞけないはずなのに。
そわそわと指を組み替え、汗ばんだ手に風を当てた。




