第16話。愛が重い常連さんの話。
「みのりさん、こんにちは!」
「あ、葉山さん。こんにちは、いらっしゃいませ」
前回来店してくださった時とは大違いで、すごく良い笑顔だ。
内扉を閉める葉山さんに珍しいな、と思った。
今日は金曜で、18時半前。以前は主に土日祝日、たまに平日のこの時間帯に来てくださったことはあったけれど、当時お目当てだったユキちゃんは葉山さんが引き取ってくださったのでお店にはいない。
(以前「葉山さんがすごい勢いで店の前を走っていった」という話は聞いたことがあったけど……)
まさかユキの存在に慣れてしまったのだろうか?
(え、まさかもう浮気?)
まさか釣った魚にエサはやらないタイプだったの? でもそれじゃあこの前の騒ぎは一体なんだったの?!
必死で笑顔を作りながら、ニコニコ顔で近寄ってくる葉山さんに心の中で叫ぶ。その葉山さんは――カウンター横の物販コーナーに向き合った。……ちょっと、ホッとした。
口元に手を当てて考えた後、前回買ってくださった猫用クッキーをいくつか手に取っている。それを持ってカウンターに来た葉山さんに頭を下げようとした瞬間
「みのりさん、ちょっといいですか?」
「は、はい……」
今度はなんでしょう?
心の中でそう呟いた。
……怖い、葉山さんが怖い。目がランランとして鼻息が荒い。いや、本当に怖いってば!
へへへ、と笑いながら葉山さんがスマホを取り出し、操作して「ほらっ!」とこちらに画面を向けた。
画面をのぞき込めば、そこに映るのは……
「ユキちゃん?」
「はい!」
かわいいですよねぇ、うちの子!
そう言ってデレデレする葉山さんに「そうですね……」と笑う。ユキちゃんがかわいいのは知ってる。元々うちの店の子だ。だがなんだ。
「いつもユキちゃんの動画撮って眺めてるんですよ!
もう仕事の疲れなんか吹っ飛びますよね」
はぁ……、としか答えようがない。だからなんだ。
ニコニコ顔の葉山さんが、愛妻自慢か愛娘自慢かのように言葉を続ける。
「今日ね、仕事行く前に、ユキちゃんに「今日は帰りにお店行っておやつ買ってくるね」って言ったら、なんかにゃうにゃう言ってくれてたんですよ。
かわいいなー、お話してるのかなー、って思って、動画撮ってきました」
おすそ分けです!
そう言いながら葉山さんが画面を押して動画を再生する。スマホの中で、3ヶ月ぶりの、少しおねぇさんになったユキちゃんがこちらを見上げてみゃうみゃう言っている。
(元気そうでよかった……)
毛艶も良さそうだ。
内心ホッとしていると、視界の端に灰色のもっさりした毛が見えた。
「あ、さくちゃん。ユキちゃんだよー」
うれしそうに声をかけてくる葉山さんを無視して、朔夜がスマホの画面をじっと見つめている。動画の再生が終わると――スマホ近くに置いていた葉山さんの手を、朔夜が猫パンチした。
「痛ッ! さくちゃん、なんで?!」
「さく!
ごめんなさい、葉山さん! 大丈夫ですか?」
フンと鼻を鳴らして近寄ってきた朔夜を叱ってもどこ吹く風だ。
葉山さんに謝れば、「びっくりしただけですから」と手と首を振られた。スマホを手に取り、葉山さんが決済コードを読み込む。その姿に金額を告げ、今度は数字の画面を見て会計が終わった。
「じゃあ今日はこれで。またうかがいますね」
「ありがとうございます。ユキちゃんにもよろしくお願いしますね」
笑顔で頭を下げてくれた葉山さんが扉を出ていく。
カウンターの上にいる朔夜を撫で、
「……また教えてね?」
そう囁けば、朔夜が手に頭を擦り寄せた。




