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よりみちねこのカフェ  作者: 末野愛


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14/21

第14話。常連さんと新人さん

「こんにちはー……って、あれ?」

「いらっしゃいませ」


 自他共に認める『よりみちねこのカフェ』常連である自分たちを、知らない相手が出迎えた。

 ぺこりと頭を下げたのは、茶色の髪をゆるくウェーブさせた、やや垂れ目の美人。だがその顔に見覚えが――


「先日よりこちらで働かせていただくことになりました山辺です。よろしくお願いいたします」


 そう頭を下げた女性に相棒・夏川聡子が声をかけた。


「……前に、梅川店で働いてませんでした? Mofitto(モフィット)の」

「ええ、以前お世話になっておりました」


 さとちゃんの言葉に「そう!」と思い、そう言ってにっこり微笑む女性に「やっぱり!」と頷いた。

 有名だったのだ、この女性は。


「本日のご利用時間はどうされますか?」

「……1時間でお願いします。ドリンクはコレで」

「私も同じで。ドリンクは……私はこっちで」

「かしこまりました。山崎様はゆずみつドリンク、夏川様はウーロン茶ですね。

 ごゆっくりお楽しみください」


 その言葉を聞いて頷きを返した途端、推しのところに急いだ。

 今日も推しは尊い。子猫の愛らしさを脱ぎ捨てていく姿は惜しいが、スラリと伸びた手足に変わらぬグリグリ目と愛嬌たっぷりのお顔にはすべてを癒す力がある。


「ちーちゃん、こんにちは」


 まずはご挨拶。

 驚かせないようにゆっくりと近づき、匂いを嗅いでもらう。……くんくんする姿も愛らしい。

 そっと手をのばせば、小さい頭が手の中に収まる。そっと撫で、顎下を撫でればぐるぐる……と鳴る音が両想いのようで愛おしい。

 だが……今日ばかりは意識が推しだけには向かなかった。


「ちょっと、アレどういうことよ?」

「そんなの私が分かるワケないでしょ?!」


 店内の様子を気にしつつ、小声でさとちゃんとわめきあう。


「なんで梅川の『美魔女』が……」


 ここ『よりみちねこのカフェ』ができる前、私たちはMofitto梅川店に時折通っていたのだ。そこで彼女――山辺さんは有名な人だった。

『美魔女』のあだなが客の間で浸透するぐらいの美人で雰囲気がマダムっぽいからではない。それももちろんないわけではないが……彼女には熱狂的な男性ファンがついている、そのことが彼女を有名にした理由だった。

 彼女は鼻持ちならない態度を取ったことはないし、非常におっとりした雰囲気に似合わずテキパキと仕事をする、物腰の柔らかい女性だ。そこに、時々見え隠れするどんくさささえなければ言うことはなかった。


「でもくものすけくんがねぇ……」


 さとちゃんも同じことを考えていたのか、ハナちゃんを撫でながら呟いている。その声にため息を吐きながら、私も頷いた。


 くものすけくんは梅川店にいる白いペルシャ猫だ。ふわふわした毛と青い目、他の猫たちよりもツンツンした王子様っぽさとデレた時のギャップがたまらない、と一部のコア客から『王子』の愛称で呼ばれている。

 そのくものすけくんがやらかしたのだ。棚の上に上がって降りれなくなったところを山辺さんが助けようとした。無事降ろせたのは良かったが、ホッとして油断してしまったのか――山辺さんは残り一段の段差を踏み外してしまったのだ。そしてまたその時助けたのが男性で。……まるで漫画かラブロマンスのドラマのように受け止められた姿に、見ていた女性客も男性客も湧いた。……そして、それが一度では済まなかった。


「なんであの子高いところに上がりたがるんだろうねぇ……」

「……猫だからじゃない?」


 くものすけくんはまた登った。まるで『そこに山があるからだ』――そう言わんばかりに高いところを常に狙っていた。……山辺さんの背丈より高い棚からは降りるどころか身動きすらできなくなるへたれな子なのに。


 そのたび店員が助け出し、山辺さんがいる時には男性陣も側に寄り、とカオスな状況が巻き起こっていたらしい。梅川店に推しのために通っている友達にそう聞いたのだ。

 その友達から山辺さんが辞めたことは聞いていたのだが……


「まさかここで会うとは……」


 偶然とは恐ろしいものだ。

 ふと。視界の端で何か動くものに気づいた。そちらを見て、ズキュンと胸が打たれる。


「ッ、ちーちゃん……!」


 手に持っていた動かない猫じゃらしにちょいちょいと手を出すちーちゃん。猫パンチを繰り出してみるちーちゃん。なんで動かないの? と言わんばかりに猫じゃらしに構い続けるちーちゃん……!


(なんてこと……!)


 推しに勝るものなんてないのに!


「ごめんね、ちーちゃん!」


 猫じゃらしを動かせば「そら来た!」と言わんばかりにちーちゃんがじゃれついてくれる。右に左にその顔が動き、眼の前の猫じゃらしにしか興味がない。そんな一心不乱に遊ぶ姿がかわいくて大好きだ!


「お待たせしました」

「あ、ありがとうございます!」


 ペットボトルを届けてもらって頭を下げると、山辺さんが頭を下げてカウンターへと戻っていった。

 さとちゃんと視線を交わし合う。でもそんなことより。


「ほっ! これはどうだ!」


 ピッと動きを止め、すかさず斜め上に猫じゃらしを跳ね上げる。獲物を狙うちーちゃんがその動きを追って宙を舞う。

 惚れ惚れする空中姿勢から着地したのを見届け、再び右に左に、時折止めて、ちーちゃんを誘う。散々振り回した後に猫じゃらしを置くと、それに飛びついたちーちゃんがロックし、けりけりけりけりと猫キックをお見舞いしていた。……尊い。


「ただいま戻りましたー。

 あ、山崎さん、夏川さん。いらっしゃいませ」

「あ、みのりさん。おかえりなさーい」


 スタッフルームから出てきたみのりさんに声をかけられ、さとちゃんと一緒に言葉を返す。


「……大丈夫だよね」

「うん、きっと大丈夫」


 何が『大丈夫』かは分からないが。

 でもみのりさんと山辺さんが笑顔で話し合う姿にそんな気持ちになる。

 ……お店のことはみのりさんたちに任せておけばいい。『常連』として、なにかあれば力になろう――そう思い、二人で頷きあった。


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