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第10話。自由な猫と不慣れな客

「いらっしゃいませ」


 内扉を入ってきた客を見て、店長・芦澤みのりは一瞬目を丸くし、笑顔を浮かべた。

 みのりの声におずおずと頭を下げたのは、一ヶ月程前に初めて来店してくれた客だ。仁王像のような顔つきにはおどおどとした表情が浮かび、大きな身体を縮こまらせながらカウンターに近付いてくる。


(たしか……塩山さん、だっけ?)


「今日はえーっと……60分で、お願いします。飲み物は……コレで」

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」


 ぺこりと頭を下げた後、(多分)塩山さんは周囲を見ながら前回座った席に着いた。その背中を見つつ、みのりはこっそりカウンター下で来店履歴を確認する。……うん、塩山さんで間違いない。

 保温庫から注文を受けたペットボトルを取り出し、塩山さんの元に向かう。


「お待たせしました」


 ペットボトルを渡すと、塩山さんが頭を下げて受け取ってくれた。

 その顔が次の瞬間びくりと目を見開き、下を向く。彼のすねに尻尾をふさりと擦りつけたらしい朔夜(さくや)に手を伸ばし、ぎこちない手つきで撫でてくれた。

 その姿に頭を下げて、みのりはカウンターに戻った。

 机の上にあるペン立てから、塩山さんが猫じゃらしを取り出す。だが朔夜が立ち去った今、そのまわりに付き合ってくれそうな猫がいなかった。それに気付いたのか、少しがっかりしたようにペットボトルを手に取り、傾けている。


(今猫たちは――……)


 みのりが店内を見渡せば、6匹が窓際にいる。みんなクッションやカーペットの上でまったりと丸くなっていた。窓際にいないのは金橋さんの側で丸まっている三毛猫のつむぎと、キャットツリーのハンモックで丸まっているキジトラのかえでぐらいだ。先程近付いていた朔夜も挨拶以上はする気がないらしい。


(ちょっとあの感じだと、窓際に行かないと無理かな……)


 怯えて逃げられなければいいけど――そう思いつつ、みのりがカウンター内で作業をしていると、塩山さんが立ち上がったのが見えた。そのまま窓際へと向かうが……近くにいた黒猫のノアがすっと動いてしまう。

 がっかりした様子で、塩山さんがその場に腰を下ろした。手に持った猫じゃらしがいじけたように左右に揺れている。

 正面で身を起こしかけていたちーちゃんが、その動きに首を振っている。ジリジリと近付くちーちゃんに気付かず、うちわで扇ぐように猫じゃらしを振っていた塩山さん(が持つ猫じゃらし)が――ちーちゃんの飛びつき攻撃を受けた。


「うわっ!」


 驚いて声を上げる塩山さんと、その声に驚いたちーちゃん。

 ぶわっと毛を膨らまし、ちーちゃんはそのままペット兼用棚にしているペットハウスに逃げ込んでしまう。


「ご、ごめん……!」


 慌てて塩山さんがペットハウスをのぞき込むが、連結されて洞窟のようになっているペットハウスの中で、ちーちゃんは端まで逃げてしまっている。

 ため息を吐いた塩山さんがちーちゃんの元に近寄る。するとちーちゃんはそれを察してまた反対側へと逃げ出していく。

 ……塩山さんの背中が、悲しそうに丸まっていた。


(ああ、塩山さん……! でもおやつを提案したら押し売りになっちゃう……!)


 カウンターの中から内心あわあわとみのりが焦っていると、


「……すみません、そこの方」


 金橋さんの声が聞こえた。今店内にいる人間はみのりと金橋さん以外は塩山さんだけだ。

 のろのろと、塩山さんが金橋さんに顔を向けた。


「もしよければおやつを買ってみたらどうです? ちーちゃんも大好きですし……」

「……! ありがとうございます……」


 塩山さんがハッと目を見開き、金橋さんにお礼を言う。慌てたようにカウンターにやってくる塩山さんに、ちーちゃんが好きな味のおやつを渡した。

 おやつを開けながら歩く塩山さんの後ろでみのりが金橋さんに頭を下げると、金橋さんが頭を下げ返してくれた。

 また反対側に逃げて、キャットツリーの下にいたちーちゃんに、塩山さんがおそるおそる近付いておやつを差し出そうとしている。

 それを固唾を呑みながら見守っていると、予想外のことが起こった。


「…………ッ?!」


 突然背中に乗った重みに、塩山さんが声を上げる。塩山さんが慌てたように顔を上げると、その視線の先にはハンモックから降りてきたかえでがいた。

 かえではそんな塩山さんに構うことなく床に降り、塩山さんの手にあるおやつをペロペロと舐め始める。


「あ、それは……」


 塩山さんの口から驚いたような声が漏れた。

 だが猫は気にしない。

 構うことなくおやつを舐めるかえでの姿に煽られたのか、ちーちゃんがおそるおそる近付いて来て、かえでと一緒におやつを舐め始めた。

 塩山さんの身体がビクリと震える。


(良かった……)


 ほっとして、みのりの肩の力が抜けた。金橋さんを見れば、そちらも塩山さんを見て安心したような顔をしている。

 ふと、金橋さんと視線が合った。お互い笑い合い、それぞれの作業に戻る。

 カウンターにいそいそとやってきた塩山さんに、「あまりあげすぎないでくださいね」と少し注意してからまたおやつを一本渡した。

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