とある伯爵令嬢の復讐事件(8)
翌朝、カミルの事務所へ出勤したが、彼、かなりやる気満々だった。ジャケットも羽織らず、シャツにズボン姿だったが、腕まくりをし、今後の計画を教えてくれた。
昨日、ジークが引っ掛けていた女性たちに事情を聞き、浮気の証言を得るという。
「そんな、協力してくれるかしら?」
私はいまいち自信がない。自称探偵が押しかけられプライベートな事情を話すだろうか。自分だったら、とても乗り気になれない。
「まあ、ものは試しだ。聞き込みは探偵の心得だ。実践してみようじゃないか」
まあ、今日は自信満々なカミルと一緒だったら、大丈夫か。なぜか不安も解け、二人で街へ向かう。
昨日と比べ、人は少ない。街路樹はすっかり色づき、金木犀のいい匂いがする。こんな状況ではなかったら、秋の景色もゆっくり楽しめただろう。
ちなみに今日は変装はしていない。いつもの型落ち中古ドレスだ。靴もカバンも中古。髪もメイクも最低限にまとめている為、令嬢には見えないだろう。カミルもシンプルな服装だったため、私たち、外見は街に溶け込んでる。
そそて二人で商店街へ入り、目的地の花屋の前までついた。店頭には色とりどりの秋の花が並び、いい匂いもする。まだ開店したばかりか、他に客もいない。
「いらしゃい。うん? ここらでは見ない顔だね」
さっさく店員が登場。昨日、ジークと関係のあった女性だ。赤毛は短く、そばかすも目立つ。エプロン姿もよく似合い、花に負けないぐらい元気な雰囲気だったが、初っ端から疑いの目。雲行きは怪しく、私は身構えてしまう。一方、カミルは堂々としたものだ。ジークの身辺を洗っていることや、探偵であることなどを説明した。
店員は答えない。空気はピリッとしてきた。もはや美しい花も視界に入ってこないが、この女性もジークの被害者かもしれない。他人事ではない。
私は頭を下げた。カミルも店員も目を丸くしていたが、ジークについて何か情報がないか聞く。
「お願いします。なんでも良いので!」
今の私、必死すぎたのかも。探偵としては劣等生。カミルの表情も晴れないが、とにかく一生懸命事情を説明するしかない。
「私もジークに一方的に婚約破棄され、濡れ衣まで着せられました。お願いです。なんでもいいので知っていることを……」
「あー、もうわかったよ!」
相手は折れた。というか呆れていた。ジークと遊んでいたこと。お金を積まれ、口外できないことも話してくれた。ヤケクソという感じだったが、嘘をついているようには見えない。
「最初は割り切ってた。遊びだって。でも、イザベルと婚約してしまうし、本当……」
店員は言葉を詰まらせ、地面に落ちた花びらを踏みつけていた。
「つまりあの男、やっぱり浮気をしていたんだな」
カミルは花など無視し、確認。
「ええ。本当よ。裁判でもする? 証言するわ」
「そこまではいい。話してくれてありがとう。これが事務所の名刺だ。何かあったら連絡してくれ。ああ、本当にありがとう」
カミル、意外と丁寧にお礼を言うと、ようやく店員は自己紹介してくれた。名前はリリーというらしい。その上、花も何本かくれた。後で処分するものなので全部持って行っていいという。
「ジークのやつ、絶対許さないから。あなたちも復讐するの? だったら私も協力するわ」
こうしてリリーと約束し、花屋を後にした。次はカフェに行く予定。花屋から少し歩く。
「エステル嬢、よくリリーから事情を聞き出せたな」
「あれでよかった?」
「間違いない。人間、小手先のテクニックより誠実さが勝つ。いくら探偵のような仕事でも。エステル、よくやった」
これは褒められているということ?
恥ずかしい。花の匂いと合相まって、ちょっと頬が熱いが悪い気はしない。そういえばカミルにこんな風に褒められたのは初めて?
そんなことを考えているうちにカフェの前まで到着。オープン準備中らしく、女性店員がオープンテラス席を掃除していた。この女性も昨日、ジークと関係がある人じゃないか。
ふわふわとした金髪に、蒼い目が特徴的な女性だ。見た目の可愛らしさと相反し、私たちが「ジーク」という固有名詞を出した途端、目を釣り上げた。
「ジーク! あの男、許せない! 商店街の女たちと遊んでいる噂あるし! しかもイザベルと婚約したって捨てたくせに、またお金もって遊びたいって言ってきた! 許せん!」
店員は地団駄を踏む。エプロンのネームタグを見る限り、アリスという名前らしいが、顔は真っ赤だ。相当怒っているらしい。私たちも事情を話すと快く協力を約束してくれた。
「この花、いいね。ウチのカフェで飾りたいわ」
リリーの花屋でもらった花。アリスは気に入ったらしい。私はすぐにこの花をアリスにあげた。少し機嫌が良くなったらしく、探偵事務所名刺を渡すとさらに協力を快諾。しかもお礼にカフェのマフィンももらってしまった。
次は本屋、パン屋、金物屋だったが、こうして手に入れた品々を活用すると、女たちの口は軽くなり、ジークの件も協力してくれることにまとまった。続々と探偵事務所にジークの被害者女性が集まり、証言だけでなく、ジークが送った手紙、手切金などの物的証拠も集まってきた。
数日後、気づくと探偵事務所、ジークの被害者たちのたまり場になっているぐらい。いじめ被害者のアクレシアも参加し、共通の敵ジーク&イザベルをどう成敗しようか盛り上がっているぐらい。
「ジークに復讐するわよ!」
「おー! あの男、絶対許さない!」
「イザベルのいじめも暴露するよ!」
被害者女性たちの熱に、私はちょっとついていけない。共通の敵がいるだけで、ここまで団結できるのか。私はよくわからない世界だ。一旦、探偵事務所を出てみる。外の空気を吸いに行くが、カミルも追ってきた。
なんとなく二人で探偵事務所周辺の道を歩く。もう街路樹の葉っぱは落ちている。木々の枝は淋しいものだが、道は落ち葉が舞い散り、赤や黄色で鮮やかだ。
ようやく秋の風景を楽しめるほど余裕は出てきたらしく、隣にいるカミルを見上げて言う。
「復讐なんてして大丈夫なの? リリーやアクレシアたちはジークとイザベルの婚約パーティーで全部暴露して仕返しするって豪語していたけれど」
「ああ、大丈夫だ。その路線で行こうじゃないか」
カミルも被害者たちの計画に肯定的。本当にそれでいいのか。やはり自信はない。
「大丈夫だ。悪事は必ず表に出る」
相変わらず堂々とした物言いだ。その自信、一体、どこから来るのだろう。
首を傾げてしまうが、母も似たような話をしていた。「エステル、悪事は絶対に暴かれるわ。だから絶対に不正はダメよ。正攻法で戦いなさい。いつも背筋をピンとさせてね」
母の声がリアルに感じてしまう。過去の記憶を思い出し、少し泣きたくなるが、ここで弱虫にはなりたくない。そうだ、大丈夫だ。証拠は揃ってる。悪事は必ず表に出る。
背筋が伸びてきた。そう令嬢らしく、ピンと真っ直ぐに。
「さあ、エステル。帰ろう。リリーたちと一緒にジークとイザベルの復讐計画を詰めていこうじゃないか」
カミル、私の思考を読んだみたいにニヤリと笑う。こちらも自信満々だ。
「ええ。帰りましょう」
私は深く頷き、真っ直ぐに前を見ていた。




