とある伯爵令嬢の復讐事件(7)
「えー、本当!? 本当にあなた、伯爵令嬢? エステル嬢って本当!?」
カミルの探偵事務所、応接室にアレクシア・バルトの声が響く。明るい声だ。実際、この子、陽気で人懐っこい雰囲気だ。貴族の娘ではなく、金持ち商家の令嬢というのも納得。例の下級生だ。さっそく放課後、探偵事務所にやってきた。
ここでようやく私の正体を明かしたが、かなり驚いている模様。
「君はうるさいな。子犬みたいだ。本当にいじめられていたんか? 何倍にもやり返すタイプだろ?」
一方、事情を知ったカミルは不機嫌そう。アクレシアとも相性が悪そうだ。露骨に嫌な顔を見せ、耳を塞ぐ。
カミルがこんな態度なのも理由があった。今日、ジークの浮気を探るため、いろいろと調査していたが、目立った証拠もなく、イライラしているらしい。そこに明るい、いや、声が大きいアクレシアがやってきて心は余計に掻き乱されたという。
「そうですよー。だからわざわざ探偵事務所に来たんじゃないの。本当にイザベルのやつ、嫌なやつだわ。私はジーク様に色目使ってないし、いじめられる筋合いもないから。本当に濡れ衣」
一方、アクレシアはカミルの不機嫌さはさらと流し、いじめっ子・イザベルの文句を語る。
「イザベルは典型的な嫌な貴族よね。自分より格下の生徒、無条件でいじめていいと思ってる。正直、あの子は私みたいな商家令嬢からの評判は悪いよ。でも上の貴族や王族には色目使うんだ。本当に嫌なやつよ」
想像以上にイザベルの評判は悪いらしい。家でもワガママなところがあった。父にも甘やかされているし、教育の失敗だったと姉としては複雑だったが、これはチャンスだ。イザベルのいじめの証拠などないか聞いてみた。
「そんなもん、ないよ。いじめに証拠ってある? 目撃情報ぐらいしかないんだ。それにイザベルはジークの婚約者。守られてる。いくらこっちが訴えても、無視。あるいはエステルみたいに濡れ衣着せられるよ」
さっきまでうるさかったアクレシアだったが、声を落とす。肩も落としてる。この件についてはお手上げという感じだ。
一方、カミルは全く動揺は見せない。むしろ、脚を組んで座り直していた。ちょっと偉そう。
「本当はみんなエステルも濡れ衣だって知ってるよ。でもジークがバックにいたら、何もできない。どうしたらいいのよ、本当に謎だわ。向こうは貴族よりも偉いしねぇ」
アクレシアは口を尖らせていた。窓の外から小鳥の鳴き声が響く。呑気な鳴き声だ。私たちの現状とは対照的。
「ほ、他には何かない? イザベルでもジークのことでもなんでもいいから知っていることは」
私は懇願していた。かっこ悪い。でも、もう伯爵令嬢のプライドなど壊れていた。庶民の格好をし、トイレ掃除をし、肝も据わってきたのかもしれない。今はプライドよりも大事なものがある。それを優先したい。
「そうだな。あ、そういえばジークって庶民の娘と遊んでるって噂きいた。うちのメイドや父からの噂だけど」
思わずカミルと顔を見合わせた。
「そうか。庶民と遊んでいるんだったら、手切れ金で口封じすればばれないよな」
カミルはぶつぶつとつぶやいていたが、とりあえずアクレシアの父が見たという庶民の商店地区へ向かうことに。
カミルもぼろいスーツで変装していた。猫背で実に庶民派。私も引き続き、清掃の作業服で商業地区へ入る。
人が多い。平日の夕方だ。パンや惣菜屋の前に長蛇の列ができていたが、おかげで人混みに紛れやすく、バレにくい。カミルも私も庶民として溶け込んでいた。
「見ろ、あそこがアクレシアは言ってた花屋だ」
「ええ。でも本当にジークと浮気?」
とはいえ、今はカミルを信じる他ない。二人で人波を抜い、花屋の側の道までついた時だ。
思わず声を失ってしまう。ジークがいた。しかも花屋の店員と堂々と抱き合ってる。
ジークも一応安っぽいスーツを着込み、庶民のフリをしていたが、髪質や背筋がどうも貴族っぽい。おかげで少し目立っていたが、私たちには気づいていないらしい。
「いくぞ。このまま尾行するぞ」
「え、ええ? 本当?」
カミルに従い、成り行きで尾行も開始した。ジークの後をつけている。バレないかドキドキしてくるが、相手は一回も振り向かない。
それどころか、ジークはカフェに行き、店員の女性を口説いていた。それが失敗すると、本屋へ向かい、また口説いてた。パン屋、金物屋、食堂でも似たようなことを繰り返し、引っかかった女と抱き合い、時には熱く見つめあってもいた。
ジークは女遊びに夢中。当然、私たちにも気づいていない。カミルによると、案外こういうターゲットは多いらしいが、またニヤニヤと偉そうに笑っていた。
少し不気味に見えるほどの笑顔だが、弱そうに見えない。むしろ自信満々。頼りになるとすら思うぐらい。
「何、笑ってるの、カミル」
「ふっ。まあ、とりあえず撤収しよう」
勝ったと言わんばかりに胸もはり、堂々と歩いていた。気づくともう背筋を伸ばしていた。私も引きずられ、貴族令嬢の姿勢を戻す。口元もぎゅっと力を込め、ちゃんとした。やっぱりこの方が落ち着く。
「あの調子だったら、相当な被害者がいるはず。ははは、ジークの被害者の会でも作って集団で告発するか?」
カミルは腹黒そうだ。声も低く、目には「絶対負けない」という強い意志が滲み、思わず鳥肌がたつ。
この人、ただでは起きないタイプ。敵にしたくない。今は味方だった。それはラッキーかもしれない。




