とある伯爵令嬢の復讐事件(6)
そう、私は清掃員を演じるんだ。
舞台はビクタ学園のトイレや洗面所だ。大丈夫。カミルやマーサと演技の練習もしたじゃない。メイクやかつらもバッチリ。作業用のつなぎも着てる。つなぎはなんか腰のあたりが違和感が拭えないものの、今の私、伯爵令嬢じゃない。
自分にそう言い聞かせながら、ビクタ学園の裏門へ向かった。さっそく潜入調査開始。カミルはジークの尾行に出かけている。このミッションは私にしかできないはず。
裏門は正門と違い、ぼろっとしている。表は金の像や噴水もあり豪華な雰囲気だが、裏門は業者が出入りし、慌ただしい。門の側の掲示板には蜘蛛の巣がはり、掃除も行き届いていなかったが、守衛に身分証明を見せる。
「せ、清掃の日雇い業務で参りました」
声は上擦ってしまった。緊張していた。おかげで伯爵令嬢には見えなかったらしい。偽物の身分証も十分に効果を発揮した。簡単にビクタ学園の内部に侵入成功。
清掃員用の事務室は狭い。ロッカーにもギリギリ荷物を入れられるレベルだ。周りも庶民の女性しかいなが、朝礼が始まり、サクサクと役割分担も終わり、私は化学棟の女子トイレ担当になった。マニュアルと道具だけ渡され、あとは一人で黙々と清掃しろという。人手不足らしく、日雇い労働者への扱いはかなり雑。
とはいえ、潜入調査している私にとっては都合がいい。道具を抱え、さっそく化学棟へ向かう。
この時間は生徒の授業も始まっている。遅刻してきた生徒とすれ違ったが、イザベルやジークも会っていない。当然、私の正体はバレていないが、想像以上にトイレは汚い。
ゴミも散乱し、タバコの吸い殻もあり、ショックだ。ビクタ学園、表向きは貴族の子息たちの学校なのだが……。
とはいえ、ゴミをかき集め、水洗いし、便器を磨き、鏡を拭いていたら、汗が出てきた。ある意味、貴族のパーティーに出るより楽しい。偉そうな貴族と笑うぐらいなら、トイレのゴミ一つでも拾い、綺麗にした方がずっと楽しい。目に見えて成果も出る。達成感がある。
「いやいや、私。当初の目的を忘れたらダメじゃない」
そう呟いてしまうが、元来、貴族令嬢として段取りのつけ方、優先順位も付け方も学んでいたため、トイレ掃除もサクサク終わらせていく。ふとトイレの鏡を見たら、案外、イキイキと掃除をしている自分にも気づき、ちょっと恥ずかしくなるぐらいだ。
ついには化学棟三階の最後のトイレに着手しようとした時だった。誰かの声がした。
「泥棒猫!」
ここのトイレ、本館の教室からかなり遠いので、利用者は少ないと見積もっていたが、予想は外れたらしい。
「うそ……」
化学棟の備品室に身を隠しながら、トイレを覗くとイザベルがいた。しかも下級生にホースで水を浴びせているではないか。ビチャビチャ。水音が響く。
「よくもあなた、ジーク様に色目を使ったわね!? この泥棒猫!」
イザベルの声は大きく、少し離れた場所にいる私の耳にも十分聞ける。どうしよう。困った。イザベル自身がいじめっ子だったのもショックだが、今は何よりも下級生を助けないと!
「先生!」
仕方ない。化学実験室へ走り、先生に事情を説明した。いつもは頼りなく、生徒には下に見られている若い男性の先生だ。全く私の正体はバレなかったが、今はどうでもいい。
結局、イザベルの逃げ足は速く、先生も捕まえられなかった。女子トイレには水をかけられた下級生だけが残っていた。濡れ鼠状態で震えているじゃないか。
とにかく作業着の上着を着せた。ハンカチで髪や制服も拭いてやったので、風邪は引かずにすみそうだったが。
「私、イザベルにいじめられてるの」
こんな私、下級生もすっかり信用してくれた。まあ、清掃員には油断する気持ちはわかる。
「本当?」
「ええ。助けてくれてありがとう」
可愛らしい笑顔を見せてきた。この下級生に落ち度があるようには見えない。もしかしたら、私と同様、濡れ衣を着せられたり、何か誤解がある?
イザベルがいじめっ子だったとは驚かない。むしろ、納得してしまったが、この下級生には、もう少し事情を聞きたい。何か糸口は掴める?
少し迷ったが、カミルの探偵事務所の住所や連絡先も教えておいた。
「え、どういうこと?」
下級生は驚いていたが、否定はして来なかった。
「なるほど。あの公爵家のカミル様、確かに貴族の弱みを握り、探偵みたいなことをしてるって噂はあったけれど……」
下級生は深く頷き、濡れた髪をかきあげた。
「わかったわ。今日の放課後、カミル様の事務所に行ってみる。っていうか、あなたは誰? 本当に清掃の方? このハンカチも安物じゃないわ」
ようやく正体を疑われたが、伯爵令嬢のエステルだと言っていいものか不明。とりあえず、笑顔で誤魔化した。背筋も丸め、口元もポカンとさせた。庶民の演技は続行中。




