プロポーズと最後の事件(10)
学園の下駄箱、土埃やお日様の匂いが漂う。最近は雨も降っていないし、空気も乾燥していた。
もう放課後だ。ここでずっと張り込んでいたが、ロージー先生らしき人物は現れていない。それどころか生徒も帰ってしまい、しんと静か。夕陽も差し込み、遠くの方から鐘の音だけが響いていた。町外れの教会の鐘の音だろう。
「エステル、誰も来ないわ」
「そうねぇ……」
ケイシーは欠伸を噛み殺す。私も欠伸が出そう。張り込んでいるとはいえ、暇だ。
暇な時はどうでも良いことを考えてしまう。カミルの顔も頭に浮かんでくる。
そてにしても、私は一切口外していないのに、なぜカミルは私が美女コンテストに出場中ってわかったのだろうか。
あの後、他校の男子生徒に囲まれた時もすぐに助けに来てくれた。本人は学園周辺でカースを調査していたとは言っていたが、タイミングが良すぎるというか、偶然にしてはできすぎている。もっとも偶然は二回ぐらいまではアリだ。劇の中でも偶然は二回ぐらいは起きる筋書きが多い。三回以上だったら、さすがに何か必然性があるとは思うが。
「エステル、何ぼーっとしているの?」
「え、いえ?」
「これでも一応張り込み中よ。本当にロージー先生を捕まえるんだから!」
上唇を尖らせ、鼻の穴を膨らませているケイシー。今は暇とはいえ、まだまだ火は消えていないらしい。
「油断禁物よ、エステル!」
「え、ええ」
そう頷いた時だった。廊下の方から足音が響く。私とケイシーがすぐに下駄箱の近くの柱に身を隠す。
暇な時間が一転、緊張が走る。そこにはターゲットのロージー先生がいたから。しかも私の下駄箱に何か入れてる。
柱が影になってよく見えないが、手紙だった。これはもう確定だ。あの手紙の犯人はロージー先生だし、カースとの関係も否定できない。
ロージー先生は堂々とした足取りだった。私の下駄箱に手紙を突っ込んだ後も玄関から学園の門の方へ歩き始めた。
「行くわよ、エステル」
「え、もしかして尾行するの?」
「当たり前でしょ。きっと家でカースを匿っているんだわ!」
ケイシーに手を引かれ、成り行きで尾行も初めてしまった。
どうしよう。
尾行はカミルと何度もこなしてきたが、こんな状況は初めてだ。その上、今日は変装もしていない。ケイシーとともに制服姿だ。これは丸腰で尾行しているようなもの。カミルでさえ、尾行がマリエにバレた時があったのに、大丈夫だろうか。
それでも乗り掛かった船だ。上手くいけばカースを捕まえられるかもしれない。ケイシーも一緒だし、度胸だけは美女コンテストでつけてきた。そう自分に言い聞かせて、ロージー先生の背中を追う。
街路樹に隠れながら尾行していた。距離もとっていたし、ロージー先生は一度も振り向かない。今のところ、気づかれてはいないようだ。相変わらずロージー先生の足取りはしっかりとし、やけに自信もありげ。授業中では生徒に揶揄われて泣きそうな時もあったのに、裏表もありそうだ。コラリー先生の証言、ロージー先生は男好きというのも全く嘘ではないだろう。
このまま学園の側の並木道を歩いたロージー先生は商業地区の方まで歩く。ここまで来ると人が多い。私とケイシーは人混みに紛れながらゆっくり歩いていた。
商業地区では屋台も多く、途中で果実のジュースやカステラなどを買い食い。ちょっと行儀は悪いが、これで余計に人混みに間切られた。制服を着ているとはいえ、学園の生徒だと目立っていない。
「みて、ケイシー。ロージー先生、八百屋でじゃがいもとトマトを一袋分も買っているわ」
「本当ね。一人暮らしのしては多いわ。ロージー先生そんな大食いでもないでしょうし」
ここで私とケイシーははっと顔を見合わせた。やはりロージー先生、カースを匿っている可能性がある。ケイシーの推理通りに。
「私、推理いけるじゃない? ますますやる気出てきた! エステル、さらにロージー先生を追うわ!」
「え、ええ!」
ますます火がついてしまったケイシー。早歩きになっていた。これだとロージー先生に近づくが、私もケイシーに影響されたらしい。ケイシーと歩調を合わせ、ロージー先生の背中を追い続けた。
ロージー先生はその後、商業地区で買い物した後、公園や劇場の周辺を彷徨いていた。
「ロージー先生、何してるのかしら?」
「まあエステル、いいから追うわよ!」
意味がわからないロージー先生の行動だったが、日が落ちてきた。もう少し薄暗い。なんとなく不安になってきた。
「ケイシー本当にこのまま大丈夫?」
「大丈夫よ。さあ、追うわ!」
隣にいるケイシーは笑顔だ。その顔を見ていたら不安は消えいくが、ロージー先生、いつの間にか市街地を離れ、どんどん人気にない方に歩いていく。気づくとゴミ処理場がある地区に来ていた。このあたりは森や雑木林も多く、滅多に近づかないところ。
「ケ、ケイシー。このあたり、昔子供は行方不明になっていなかった?」
「そ、確かにそうだったけど」
さすがのケイシーも不安を覚えたらしい。頬がこわばり、口元もぷるっと震えていた。
頭上では野鳥の鳴き声だけが響き、もう一番星も出ていた。空はラベンダーというより痣みたいな色だった。
背中がぞくっとした。気づくとロージー先生を追いかけ、誰もいない雑木林の中じゃない。思わずケイシーの手を握ってしまう。二人とも手の平、汗だく。嫌な汗だった。
「ねえ、あなたたち。私をつけて何をしたいわけ?」
案の定、ロージー先生にもバレていた。振り返り、私たちに近づく。
「あなたたたちがつけてていたのは気づいていたわ。エステル、あなたがカースを調べているのもね」
そこには優しいロージー先生の姿はどこにもない。無表情だった。怒ってはない。声も氷のように冷ややかだ。
ケイシーはか恐怖で固まっていた。声も出ない様子。私もそうだ。
だってロージー先生だけじゃなく、カースまで現れたから……。
「お前ら、何をコソコソ調べてるんだ?」
カース、少し太ってはいたが、報道の似顔絵とそっくりだった。
二人とも一歩ずつ近づいてきた。その目が人間らしさが無い。鬼にでも取り憑かれたよう。殺されるかもしれない。ケイシーも私も動けない。声も出せない。頭も固まり、美女コンテストでつけた度胸など砕けていく。
もうダメだ。本当に殺されるかもしれない……!
覚悟を決めた、目をぎゅっと瞑った瞬間。サイレンの音が聞こえてきた。
「えぇ?」
目を開けた瞬間、カミルがいた。カースを睨み、私たちを庇うように立っていた。
「エステル、助けに来たぜ」
そのカミルの声だけがはっきりと聞き取れたが、サイレンの音は止まらない。数々の足音も響き、目の前には警察官も溢れていた。
あっという間の出来事だった。カースやロージー先生もすぐに捕まっていた。
私とケイシーは危険なことするなと刑事に大目玉をくらっていたが、どうやら助かったらしい。カミルが警察に通報し、警察も駆けつけたと言うが。
それにしても、どういう事?
またカミルに助けられてしまったが、偶然にしては出来すぎていた。しかも三回目の偶然。こんなの必然と呼んだ方が正しいが、どういうこと?
なぜか隣にいるケイシーはため息をつく。
「カミル様、エステルを助けに来たって言ったわね。私はスルーなのね」
苦笑しているケイシー、私の背中も押す。
「エステル、カミル様のところへ行きなよ!」
「え、ええ……」
この喧騒の中、私は警官に事情を説明しているカミルの元へ走っていた。
「カミル!」
その名前を呼んでいる時、ようやく自分の気持ちを自覚してしまった。




