プロポーズと最後の事件(7)
翌日、ロージー先生の授業中、全く集中できなかった。幸い、私の席は窓際の一番後ろだ。初夏の日差しが降り注ぎ、少々眩しいのが欠点だが、私がうわの空であるのは気づかれていないようだ。
「この数式を解くコツは、これよ。これは帳簿の知識にも活かされるから覚えておいても損はないでしょう」
教壇で数学の授業中のロージー先生、いつも通りだ。たまに生活の知恵なども話し、教室の空気もゆるませているぐらい。
改めてカミルが作った似顔絵を凝視。窓辺の光のせいで反射して見にくいが、この絵、どう見てもロージー先生。メガネをかけ、いかにも真面目そうな部分とかそっくりじゃないか。
とはいえ、他人の空似という可能性もある。マーサによればそっくりな顔の人、世界中には三人ぐらいいるらしい。今すぐロージー先生を疑うのは早すぎる。
とにかく今は情報収集だ。カミルもカースの調査を続けているし、私も気を抜けない。
授業が終わり、昼休みになるとカフェテリアでロージー先生の噂をそれとなく聴き込んでみた。まずは仲のよいクラスメイト達から聞く。
「ロージー先生、いい先生よ」
「確かに若いし真面目そうだから舐められてる雰囲気はあるけど、私は好き」
「テストも出るところ教えてくれるしね」
クラスメイト達からの評判はまずまずだ。これは収穫なし。
手早くお昼ご飯を済ませると、今度はカフェテリアのスタッフに聞いてみることに。スプーンを借りるフリをしながら、カウンター内にいるおばさんに声をかけた。
「ロージー先生? あんた、なんか探ってるのかい?」
ドキドキしてきた。顔見知りのカフェテリアのおばさんだったが、聞き込み調査中なのを悟られるわけにはいかない。令嬢らしい笑顔を作り、私は特に動揺していない演技をした。
おかしなものだ。あれだけ嫌だった美女コンテストだったが、おかげで度胸はついたらしい。ドキドキも止まってきた。
「ええ。少し気になることはあるの」
「だったらエステルちゃん、保健室のコラリー先生に聞きな?」
「え、コラリー先生?」
「あの人は私のゴシップ仲間さ。ロージーのことも何か知ってるかもしれんよ」
思っても見ない情報だ。でもよかった。動揺して逃げないでよかった。
もちろん、すぐに保健室へ向かう。保健室のコラリー先生は滅多に会わない。体育の授業時に膝を擦りむいた時にあったぐらいだ。確か六十歳ぐらいの女性だ。白衣が似合い、目もすっと切れ長で知的な印象だった。ゴシップ仲間がいるのは意外。やっぱりコラリー先生についてはよく知らないらしい。
「最近、美女コンテストのストレスで胃が痛かったり悪夢を見るんです」
そんな言い訳をしつつ、コラリー先生と対面した。保健室のベッドは誰も使っていないようだ。仕切り用のカーテンも開きっぱなし。おかげで解放感はあるが、消毒液の匂いが鼻につく。あとローズマリーやラベンダーのハーブの匂いも混じってる。よく見ると薬品だけでなく、ドライハーブ入りのガラス瓶も並んでいた。
「おや、伯爵令嬢のエステルか。そうだねぇ、プレッシャーからのストレスじゃないかね?」
「ええ。本当に美女コンテストはストレスだったわ」
嘘じゃない。胃が痛くなったり悪夢を見たのは嘘に近いけれど。
おかげで演技じゃないと思ってくれたらしい。ストレスに効くというハーブティーも飲ませてくれた。ラベンダー、カモミール、オレンジピールなどの匂いがする。意外と癖がなくて飲みやすい。
「これは私の特性ブレンドのハーブティーだ。飲みやすいだろう?」
「ええ、美味しいわ。こんなハーブの調合もできるなんてすごい」
人は褒められると嬉しいものだ。コラリー先生はすっかりご機嫌になり、他にもハーブ入りのクッキーやっぱりパンなどもご馳走してくれた。
これは良いチャンスかもしれない。コラリー先生がご機嫌なタイミングをみはからい、ロージー先生について少し聞いてみた。
「ロージー先生? あぁ、あの若い数学の先生」
ご機嫌のコラリー先生、なんか目がゲスっぽくなってきた。
「エステル、知ってる? あのロージー先生ってけっこう恋愛体質」
「え、本当?」
飲んでいたハーブティーを急いで飲み干し、コラリー先生の声に集中する。
「前にこの学校で数学のイケメン先生がいたんだよ。ロージー先生はすっかりお熱になってねぇ。ガンガンアピールしてしつこかった。それで学年主任も怒ってねぇ。イケメン先生は退職して逃げたってわけ」
新情報ばかりだ。まさかロージー先生が恋愛体質だったとは意外だ。
「今はロージー先生、どうなの?」
「さあ。今は大人しいね。でもあの恋愛体質だとおそらく他に男がいるんじゃないかねぇ。そう簡単に体質って変えられない」
コラリー先生、もうゴシップが楽しくて仕方がない模様だ。学園長のかつら疑惑、経理部スタッフの横領疑惑までニコニコ話してきた。私も思わず一緒になって話すが、他に聞きたいことがあった。
「ところで下駄箱あたりで誰か変な人見なかったかしら? 特に放課後ぐらい」
「あー、見たよ。そのロージー先生がなんかうろついた。怪しかった。また男を追いかけてるのかねぇ」
コラリー先生の証言、完全に鵜呑みにはできないが、もうロージー先生が犯人だと見て良さそう。コラリー先生にもお礼を言い、保健室を後にする。
その日、放課後、下駄箱を見張ることにした。今のところ、ロージー先生とカースの関係は不明だが、手紙の送り主の可能性、高い。まずはその証拠だけでも掴んでみたい。
放課後は生徒もほとんど帰ってしまい、下駄箱周辺も静かだ。本当は校則通りに早く帰らないといけない。今は校則を破ってる。一応優等生の私、ドキドキしてきた。美女コンテストで度胸はついたとは言え、悪いことをするのは心臓が跳ねてしまったが。
「うん?」
こうしてしばらく張り込んでいたが、人影が見えた。私はすぐに柱の影に隠れたが下駄箱に毛虫を入れている生徒がいた!
後ろ姿で誰かわからない。ポニーテールがふわっと揺れてる。ロージー先生ではないが、予定変更!
まずはこの生徒を捕まえよう。嫌がらせをされたのも事実だし、私も毛虫なんて好きじゃない。
「ねえ、あなた。私の下駄箱に毛虫入れてない?」
はっきりと大声を出した。女生徒の肩がビクっと揺れた。どうやら悪いことをしている自覚だけはあるらしい。
「ひ、ひぇ……」
そうして振り向いた女生徒、変な声を出していた。私に見つかったこと、予想外だったらしい。顔は真っ青。指先も震え、目も泳いでいた。
「ケ、ケイシー? あなた何しているの?」
女生徒、いえ、嫌がらせの犯人はケイシーだった。あの美女コンテストの出場者の一人だ。
特に驚きはしない。あの美女コンテストの出場者達の雰囲気を思い出すと、むしろ当然の成り行きだ。ロージー先生じゃなかったことは残念だが、今はケイシーを捕まえるのが先。
「どういうこと? ちょっと話を聞いていい?」
腹に力を込めて声を出す。大丈夫。美女コンテストよりは楽なはず。




