プロポーズと最後の事件(3)
「さあ、エステル! ビシッと背を伸ばして! 体幹を意識するのよ。リズミカルに動いて! そう目線は下げず、口角だけ上げるのよっ!」
ロージー先生の唾が飛ぶ。普段は地味で大人しい先生だったはずだが、今は片手に鞭を持ち、私へのダンスや演技指導をしていた。
ここは演劇部の部室だった場所だ。壁一面鏡があり、そういった稽古をするにはピッタリだ。残念ながら、演劇部は部員は集まらず、去年廃部になってしまった。
おかげでこうしてロージー先生とワンツーマンで稽古できるわけだが、解せない。どうしてこうなったのだろう。確かに私、美女コンテストの参加については承諾したが。
「さあ、エステル! 出場するからには絶対優勝しましょうよ!」
「ロージー先生、スパルタ〜!」
「何か言いました?」
ロージー先生、このコンテストに思い入れがあるのか何なのか謎だが、連日スパルタ指導だった。
私だって一応伯爵令嬢だ。ダンスやバレエのレッスンも受けていたが、ここまでスパルタな指導は知らない。もっとも本当に鞭で打たれることはないが、日に日にロージー先生の目は燃え、稽古時間も長くなっていた。
「先生、私は別に優勝なんてしたくないんですが」
他の出場者は美女揃いだと聞く。付け焼き刃で稽古したところで……。
これが私の本音だったが、なぜかロージー先生は私に期待している模様。
「エステルは素材がとってもいいもの。そうだ、今日はメイクのレッスンもしましょう。必ず優勝よ!」
「えぇ……」
本心では逃げたい。本当は探偵事務所でカース・ギューデの調査だってしたいが、もうヤケクソだ。乗り掛かった船だと思い込み、今度はロージー先生からメイクの指導も受けた。
この部室の隣には衣装やメイク専用の小部屋もあるらしい。大きな鏡もあったが、ロージー先生がメイクボックスを持参し、さっそくこのレッスンも始まった。
「まずはベースからね」
ロージー先生は私の肌にあう下地や粉を選び、丁寧にベースから作っていく。
アイシャドウや眉墨、マスカラ、チークも私のに似合うものを選び、使い方も教えてくれた。ここまでメイクすることは稀だ。確かにパーティーの時は伯爵令嬢らしいメイクもする。探偵事務所の潜入調査でも庶民やメイドのメイクもマーサにやってもらったが、こんな着飾るためのメイクは珍しい。しかもロージー先生にコツも教えてもらい、コンテスト当日にも再現できそう。
何より鏡の中の私の顔、いつになく華やかだ。いつもは優等生って感じなのに、今はちゃんと伯爵令嬢の顔に見えるから不思議なものだ。
「あらエステル。やっぱりメイク映えするわ。これで好きな相手に会いに行ったらどう? 相手は必ずエステルに恋するわ」
「え、な、なんで?」
変な声しか出ない。ロージー先生、突然何を言っているのだろうか。
「そんな好きな人なんていませんよ」
「あら、そう? なら気になる人は?」
ロージー先生、ぐいぐいくる。
「ロ、ロージー先生こそいないんですか?」
声が裏返ってしまったが、話題を変えるしか無い。
「そうねぇ……」
なぜかロージー先生、目を伏せ、メイク道具を片付け始めた。さっきまではテンションが高かったのに、突然火が消えてしまう。
「もちろん、相手はいるけどねぇ」
「あ、そうなんですね」
ロージー先生、歯切れが悪い。この様子だと、もしかしたら訳アリなのかもしれない。
ということで、ここで恋も話題は打ち切られた。ホッとした。そんな好きな相手とかいないし……。
「でも、この顔、カミルが見たらどう思うかな?」
ロージー先生が去った後、私は一人、鏡を見つめながらつぶやいてしまう。
「いや、まさか私……。何でここでカミルの顔が出てくるの……?」
気づくと私の顔、真っ赤だ。チークも薄づきのものを使ったのに、林檎のような色合いになっているじゃない。
「そんな、まさかよ。まさか……」
急いでメイクも落としてしまった。鏡の中の私の頬、それでも赤い。やっぱりチークのせいではなかったらしい。
「いや、今はカミルのこととかいいから」
そして、このレッスンのため、探偵事務所にも行けず、もちろんカミルに会えないまま数日が経過し、いよいよ学園祭当日になってしまった。
美女コンテストは学園祭の目玉として午後からスタートする予定だ。朝から出場者が控室に集まり、もうすでに熱気が出ている。
外では屋台や舞台などのイベントも賑やかだったが、出場者同士で会話はない。全員無言で、何かを探るようなp視線が飛びかっていた。
「こんにちは」
私も一応、出場者たちに挨拶をしたが、全員に無視された。それどころか舌打ちされ、睨みつけてくる出場者もいて、震えあがる。
出場者、本当に美女揃い。赤いバラや百合、チューリップみたいな雰囲気の美女ばかり。まるでお花畑だ。私、この中で一番地味じゃないの。頭の中に「場違い」という言葉が浮かび、一刻も早く逃げ出したくなってきた。
「ど、どうしよう……」
とりあえず、控室の一番奥の鏡を使い、メイクを始めた。ロージー先生に言われた通りにメイクをしてみたが、これで大丈夫だろうか。
既に舞台の方からは歓声や拍手が響き、緊張で心臓が跳ねる。
「本当に場違いだわ……」
逃げたい。探偵事務所でマーサとお茶を飲み、猫のミルクの背中を撫でたい。カミルからカース・ギューデの調査の進捗だって聞きたいのに、何も叶わない気がするから不思議。
それでも逃げられない。ここまで来て逃げるのは、違う気もする。そうだ、これも探偵の潜入調査の一環と思うことにしよう。そう思い込めば、この状況も倒せる。うん、きっと倒せる。
自分に言い聞かせ、自分の出番を待っていた。




