シンデレラ妃の成り上がり事件(10)
もうすぐ春休みも終わる。私は新しい学年の準備に向けて忙しく、しばらく探偵事務所を休んでいたが、久々にやってきた。
「あぁ、本当にお金があるとホッとするねぇ。これでうちの探偵事務所も安泰だ」
カミル、事務室で帳簿を見つめながらご機嫌だった。口元はにやけ、鼻歌まで響いていた。
あの後、ちゃんとセシリア妃から口止め料が振り込まれた。一方、アデライドの依頼は失敗ということでこちらは返金したが、それでもセシリア妃の口止め料は多かった為、利益が出ていた。
「でもあれからアデライド様からなんの連絡もございませんねぇ。どうしましょう。落ち込んでなければ良いですがね」
マーサはお茶を淹れながらアデライドを心配していた。カミルは相変わらずご機嫌だったが、これはマーサに同意だ。
「ミャオ」
猫のミルクは事務室のソファで寝っ転がり、実にだらしない姿だ。こんな猫のミルクを見ていたら、一同気が抜けた雰囲気になった時。
来客があった。なんとアデライドだった。噂をしている最中に現れるとは。
マーサは手早くお茶の準備をはじめ、私はアデライドを応接室へ案内した。カミルも応接室に向かう。
「一応、セシリア妃の調査報告の結果を詳しく聞きたいと思って。返金はされてるけど」
アデライドの言い分、確かにそう。返金は終了し、手紙で軽く調査結果は報告していたが、こちらも詳細を語る必要はあった。
「絶対口外はしないで欲しいが」
カミルはそう前置きした上、調査報告を話す。アデライドはずっと無表情だった。今日は春らしいイエローのドレスを着ていた。耳元のイヤリングも揺れていたが、表情とミスマッチだ。
「へぇ、あの子、自分たちで夫の浮気の証拠も掴んでいたの? え? 泳がせて自分の都合のいい時期に世間に公表したいわけ? え、そこまでする?」
アデライドはセシリア妃の本性を知り、ため息をついていた。呆れたような笑顔だったが、今は無表情ではない。
「そうなの。あの子、本当に自分のことしか考えていないのね。裏表もすごいわ。ある意味、それについては一貫性はあるけど……」
アデライド、もう呆れてものも言えない感じだった。肩の力も抜けていた。もしかしたら、セシリア妃について考えるの馬鹿馬鹿しくなってきたのかもしれない。
「それであの子、幸せそうだった?」
その問いを聞き、私とカミルは思わず顔を見合わせた。全くそんな感じはしない。特にエッバを罵倒していたした時、一秒たりとも笑顔がなかった。幸せには決して見えない。
「いいえ。不幸そうでした」
「エステル、そうなのね。だったら良いわ、もう。セシリアのこと考えてるの、時間の無駄か」
ここでアデライドはようやく笑った。かつては復讐代行まで使おうとしていたアデライドだったが、その心配はなさそうだ。
「人を呪えば穴二つね。セシリアもそんな末路になる気がするわ。へぇ、浮気されてるの、あの子。可哀想にね」
アデライド、今は本当にセシリア妃に同情しているようだった。その目、つきものが取れたようにスッキリしていた。何の未練も無さそうだ。
「私、セシリアの祝福を祈るわ。第五王子の浮気も止まるといいわね」
背筋を伸ばし、祈るアデライド。その姿は令嬢らしく凛としている。今着ているドレスの雰囲気もあってか、本当に春の花みたい。
「ええ。納得いかない部分もあるけど、セシリアの祝福を祈った方が気分が良かったわ。エステルもカミルもこんなことに協力してくれてありがとう。それにごめんなさいね。振り回してしまったみたい」
「いえ、そんなことないです。アデライド様は素敵なレディですよ。アデライド様こそ、幸せになってください」
思わず声をかけてしまったが、アデライドはちょっとはにかんだ後、探偵事務所から去っていった。これから友人のユリウスとビジネスの勉強会があり、参加するのが楽しみだという。
「あのマリエの件の時のユリウスか。あの男からビジネスを学べば、きっと成功するだろう」
「ええ、カミル。私もそう思います」
思わず二人で頷いてしまった。窓の外は春の花が咲いているのが見える。鮮やかなイエローやピンク色が眩しい。割れた窓の修繕もすっかり終了し、こちらも問題なく終わった。
ちょうどそこにマーサもお茶を持ってきた。
「え、もうアデライド様おかえりに? まあ、だったらみんなでお茶を飲みましょうか」
マーサの提案、みんなで頷く。果実の香りがつたお茶は美味しく、飲んでいるだけでおちつく。脅迫状も届き、経済的に危機もあった探偵事務所だったが、もうそんな過去も全部忘れそうだと思った時だ。
一階のマスターが回覧板を持ってきた。
「驚いたよ。詐欺を働いてたカース・ギューデが捕まったらしい」
マスターは回覧板のチラシを見せながら教えてくれらた。アデライドも騙そうとしていた詐欺師の逮捕。
カミルはお茶を飲み干すとクスクスと笑っていた。
「やっぱり人を呪えば穴二つだね。結局、この男も逮捕されたか……」
マーサもマスターも笑っていた。やはり悪人が捕まり、ホッとしたのだろう。
私もさらに気が抜けお茶を飲むと、カミルとバチっと目が合う。
「そうだ、エステル。知り合いに劇のチケットもらったんだが、行くか? いや、もちろんマーサも一緒で」
一瞬、デートのお誘いだと勘違いしそうになり、私の心臓、ドキドキとした音をたてていた。
「まあ、良いじゃないですか。行きますよ!」
マーサのはしゃぎ声が響く。私も戸惑いつつも頷く。
「私も行くわ。筋書きが読めないリアルも面白いけど、ハッピーエンドの劇も素敵よね」
そう言うと、カミルも微笑んでいた。




