シンデレラ妃の成り上がり事件(9)
探偵事務所の応接室、四人もいると狭い。私とカミルだけでなく、エッバやセシリア妃も座っていたから。
ちなみにマーサは窓ガラスの修理の件で外出中だった。修理中、業者のトラブルがあったらしく、事務室の窓ガラスは割れたままだった。猫のミルクは休憩室に避難させていた。今のエッバもセシリア妃も大変機嫌がよろしくない。猫のミルクを連れてきても逆効果になりそうだった。
特にセシリア妃は黙り込み、貧乏ゆすりまでしていた。黒いマント姿だったし、化粧もしていない。正直、王族のオーラは全くない。エッバと同じメイドに見えるぐらいで、もしかしたら探偵にも向いているかも。単なるカンだったが、そんな気がする。
エッバも無言で俯いていたし、探偵事務所の応接室の雰囲気、限りなく重い。カミルも咳払いし、さらに空気は微妙になっていくが、このまま黙っているわけにも行かない。せっかく二人を連行(?)したのだから事情を聞きたい。なんかしら脅迫状や窓ガラスの事件も関わっているだろうから。
「私、実はお茶会にメイドとして潜入調査していました。華やかなお茶会で素敵でした」
単刀直入にいうのはまずいと思い、少し話題をずらして聞いてみることにした。もちろん、笑顔をつくる。伯爵令嬢らしく背筋を伸ばし、声も朗らかに。
「あの時、セシリア様に声をかけていただき、嬉しかったです。セシリアにファンが多いのもわかりましたわ」
「ファンっていうか信者みたいな感じだがな」
カミルは余計なことを言った。このせいでセシリア妃はもっとブスッとし、エッバは泣き顔。
「そ、そうです! セシリア様は本当に本当に優しく、こんなちっぽけな私みたいなメイドにもとっても優しくて!」
「エッバ、わかったから事情を話してくれ」
カミルはため息混じりに言う。これは不機嫌なセシリア妃よりもまだエッバの方が口を割りそうだ。カミルがエッバに話しかけた理由はわかる。根っから悪人という感じにも見えない。
「エッバ、どう? うちの探偵事務所、なぜか窓ガラスも破られたし、脅迫状も届いた。何かわかる?」
この際、セシリア妃は無視だ。私もエッバに向き合い、微笑んで話す。
「じ、実は……」
ここでようやくエッバはボソボソと語り始めた。ただし、セシリア妃は一切悪くない、全部自分の犯行と前置きはしていたが。
「脅迫状も窓ガラスも私が単独でやりましょた」
エッバが犯人か。予想外の人物だったが、この言葉は鵜呑みにできない。カミルは脚を組み直し、また咳払いすると、納得できないと言いたげだった。
「その理由はなんだい?」
カミルの問いにエッバは答えない。ずっと俯いていた。小さく震えてる。その姿、イタズラがバレた子供みたい。もしかしたら、本当に悪意がなくやってしまった行いだったかもしれない。目元も涙で濡れていたし、一応罪悪感は持っているらしい。
一方、セシリア妃は深くため息を吐き、エッバを睨んでいた。その目、ナイフよりも鋭い。この目を見ていると、色々と察した。これがセシリア妃の本性だ。野心も強そうだし、地元でいじめっ子を仕返ししたり、アデライドに悪評を広めたのもセシリア妃がやったことだと腑に落ちてしまう。
「はぁ。エッバ、あなた本当に使えないわ」
その言い草、全然ヒロインに見えない。むしろ、劇の中の悪役そっくり。私の頬は引き攣ってきたが、カミルは笑いを噛み殺していた。
「私ね、夫の浮気はだいぶ前から把握していた。それこそ結婚前から常習犯。アイリスの他にも女がいるわねぇ」
セシリア妃の声、本当に刺々しい。エッバはさらに震え上がり、私も全く笑えない。
「でも世間に公表するタイミングってものがあるわ。私はまだシンデレラとして世間に注目されたい。いやよ、そんな今、浮気されている妃なんて悪評、困る。せっかく劇も好調だしね」
「つまり自分のブランドに傷つけたくないのか? でも夫の浮気調査はしてたか?」
カミルはちょっと笑いながら聞く。
「ええ。ちゃんと証拠は全部掴んでる。泳がせて泳がせて泳がせて、私の都合が一番良い時に世間に公表したいからねぇ。まったくゴシップ記者もあなたたちも夫の調査なんてやめてよね。今公表されると本当に困るから。まあ、ゴシップ記者には私達が独自調査した第三王子のネタを教えたけどね。第三王子連中、私達を冷遇していたからねぇ? ふふふ、仕返しよ」
セシリア妃は憮然とし、頬を膨らませていた。開き直ってる。エッバのように罪悪感はカケラもなさそうだ。
「あなたたちは嗅ぎ回っていること、エッバ経由で知った。でもエッバ、私は脅迫状や窓ガラス割れとか言っていないわ。この無能。やりすぎだわ」
「セシリア様! 私を見捨てないでください!!!」
ついにエッバは大泣きしてしまった。一方、セシリア妃はエッバを罵倒し続けていた。本当に悪役そっくり。いかにセシリア妃は自分のことしか考えていないとわかる。
真相はわかったが、これだけ表と裏の顔の差が激しいと、ある意味一貫性はある。自分のことしか考えていないと言う点でも軸がある。ぶれていない。芯が強いのは事実だろう。
今、カミルが笑っている理由も察した。ヒロインではなく、悪役を見ているような気分で楽しんでいるのかも。面白い劇は悪役も魅力的だったことを思い出してしまう。
私は劇とリアルの差にショックはある。でもこんなの劇では絶対ない。ヒロインは実は悪役みたいな性格だったとか、予想できない筋書きだった。
「これからも私は成り上がりたい。シンデレラ姫としてチヤホヤもされたい。いーっぱい私のファンもつくりたいわ。私のブランドの洋服やアクセサリーも出る予定だってあるのよ。だから、あなたたちも余計なことしないでね。この件を口外したら、本当にどんな手をつかっても復讐する!」
悪事がバレてもセシリア妃はこの調子だ。全くぶれていない。さすがのカミルも苦笑。私も同じように笑ってしまう。
ある意味、とてもわかりやすい人だ。敵には回したくはないが、劇のキャラクターだったら面白いかもしれない。いっそ今のセシリア妃が劇の主役になっても、意外と世間の評判は落ちないかもしれない。実際、エッバはいまだにセシリア妃の信者だ。
「それはわかったから、俺と取り引きするぞ」
ここからはカミルとセシリア妃が交渉に入った。まずカミルは口外しない代わりに口止め料を請求。最初は渋っていたセシリア妃だったが、アデライドの件も全部世間に公表し、劇の存在も危ういと言うと、ぐわっと牙をむいてきた。
「そんなの脅しじゃないの!」
「なんとでも言え。あー、第五王子の浮気、ぜーんぶ世間に言おうかな〜?」
カミルは鼻歌混じりだ。
「もうセシリア妃、浮気された妃ってことで大恥だね。結婚してハッピーエンドだったはずなのにねぇ?」
「わかったわよ! 口止め料払えばいいんでしょ! 行くわよ、エッバ!」
「え、ええ。セシリア様!」
そしてエッバと共にセシリア妃は帰って行った。嵐が過ぎ去ったみたい。
「全くリアルは劇のようにはいかないねぇ」
とはいえ、カミルの口元は緩んでいた。これで探偵事務所の経済問題は解決したからだろう。
同時にマーサも帰ってきた。窓ガラスの修理代も業者の不手際で全額無料になったという。
「これで一件落着だな〜」
カミルはまだ鼻歌混じりだ。猫のミルクもいつのまにかやってきた。
「ミャオ!」
猫のミルクもご機嫌だ。どうやら探偵事務所の空気を察したらしい。




