シンデレラ妃の成り上がり事件(8)
問題は脅迫状だけでもなかった。
翌朝、探偵事務所に来てみたら、ザワザワと人だかりができていた。
「ちょっと、ごめんなさい」
私は人だかりをかきわけ、探偵事務所に無理矢理入るが、二階へつくと、鍵もかかってなく、入り口も開けっぱなし。良い予感は全くしない。早歩きで事務室に入ると、カミルとマーサが立ち尽くしていた。
私は声が出なくなった。事務室の窓ガラス、破られていた。石を投げられたらしい。中に破片が散らばり、カミルは近づくなという。
「エステルもマーサも近づくな。怪我する」
結局、ガラスの破片はカミルが片付け、窓ガラスの業者を呼んだが、探偵事務所の前にいる人だかりは消えない。あれは人だかりではなく野次馬だったのか。
こっそりと野次馬の中に紛れて耳をそばたてた。どうやら、早朝、大きなもの音が響き、ここの窓が破られたらしいが、誰も犯人を見ていないという。
ガッカリだ。肩を落としてしまう。再び探偵事務所に戻り、業者の作業を邪魔しないように休憩室へ。
カミルもマーサもいつもと違い、表情が重い。まるでお葬式状態だ。幸い、探偵事務所で盗まれたもの等はなかったが、脅迫状が来た翌日にこの事件だ。ポジティブ思考になんてなれない。休憩室のテーブルの上には例の脅迫状もある。誰も話していない。
私はもう一度この脅迫状を読んでみた。第五王子の調査を進めたら、カミルを殺すとある。この脅迫状が投げ込まれた時、カミルはまだ余裕だったが、実際、窓ガラスが破られてしまった。今のところ、脅迫状とこの件が関係あるかは不明だが、結びつけて考えてしまう。
「犯人は誰?」
思わず呟く。確かゴシップ記者のご老人も第五王子の調査を止められていた。代わりに第三王子の情報をくれたらしいが、どういうことか。これもこの事件と関係ある?
「マーサはどう思う? マーサのカンではどう?」
「そうですねぇ」
ここでようやくマーサは表情を和らげた。お茶も淹れ、クッキーも出す。一呼吸してようやく話す。
「どう考えても第五王子でしょうね。自身の浮気がバレたら一番困るのも彼です。まあ、浮気相手のアイリスかもしれませんがね」
マーサ、案外鋭い。確かに第五王子とその浮気相手のアイリスは、一番知られたくない。この件を調査している探偵事務所、一番邪魔だ。それにこの事件で探偵事務所から盗まれたものはない事実を考えると、これも脅迫目的。そう考えると犯人の意図が少し見えてきた。
カミルは無言だ。考え込んでいるらしい。脅迫状を見つめ、おでこをかいていた。その姿、ちょっとだけ猫のミルクに似てた。ちなみに猫のミルクは資料室でゴロゴロ寝ているけれど。
「俺は第五王子が犯人だとは思えない。いや、そうか。犯人はセシリア妃の方だ」
「え?」
カミルの推理、私は納得できない。マーサも露骨に顔を顰めていた。
「だってセシリア妃は第五王子の浮気が世間にバレても困ることはないのでは? むしろ世間の同情はセシリア妃に向くんじゃ……」
「そうでもないぜ、エステル。セシリア妃は今、劇のモデルとなったヒロインだ。それがリアルでは浮気されているってさ、大恥じゃん。そもそもあの女、貧乏一家出身で野心も強い。だとしたら、自分のブランドに傷がつくようなことは絶対に避けるはず」
今日のカミル、やたら鋭い。マーサの推理も筋が通っていたが、カミルの推理も捨てきれない。
「まあとにかくまた第五王子の浮気相手のアパートで見張ろう。犯人がセシリアにしろ、第五王子にしろ、何かわかるかもしれないぞ!」
さっきまでの葬式ムードは消えてしまった。カミルはそう言うと、早速作業着に着替え、変装すると宣言。
「待ってよ、カミル。私だって犯人を突き止めたいわ」
もう落ち込んでもいられない。私もマーサに手伝ってもらいながら、庶民の女に変装した。古着の色褪せたドレス姿だったが、何度も変装してきた。もう恥じらいもすっかりなくなり、カミルと一緒に浮気相手・アイリスのアパートへ向かう。
相変わらずこのあたり、治安が悪そうで酔っ払いも歩いていたが、私たちは走ってアイリスのアパートまでやってきた。
まだ午前中だ。アパート周辺は人影がなく、第五王子もアイリスもいない雰囲気だったが、カミルはゴミ捨て場へ直行。
前きた時はゴミを漁るの躊躇したものだが、もう脅迫状も届き、窓ガラスも破られていた。生ゴミの匂いが鼻についていたが、私も素手でゴミを調べる覚悟がある。
「いや、エステル。ゴミは漁らなくていいぞ」
それなのに、急にカミルの声がした。その声、拍子抜けというか、かなりトーンダウンしていた。
「え、なんで?」
「みてみろ。ゴミが全部消えてる」
「嘘。でも看板によるとゴミ収集は明日の午前中よ。そんな全部ゴミが消えるって……」
しかも看板をよく見ると、この時期はゴミ収集は週に一回。前回来た時から一週間たっていない。それなのにゴミが全て消えた理由は?
はっとした。カミルと顔を見合わせる。もしかして私たちと同じようにアイリスのゴミを漁った存在がいる?
「第五王子の浮気を調べている人が他にいる……? もしかしてその人、セシリア妃?」
そんな気がする。証拠はない。マーサと同じくカンだが、カミルは否定しない。
「そうだ。脅迫状や窓ガラスの犯人はわからないが、やっぱりセシリア妃が怪しい。匂うな……」
そうカミルが呟いた瞬間だった。背後に何か人影が見えた。
反射的に追ってしまう。カミルも同様だ。誰だか全くわからないが、怪しい。
向こうも全速力で走り、なかなか追いつけないが、気付くとアイリスのアパートからだいぶ離れ、六番地区の公園の方まで来ていた。
「待って!」
息が切れながらも追いかけて、その背中を見つめる。背は高くない。黒いマントを着ていたが、背格好はどうみても女。まさか本当にセシリア妃?
「待て!」
一方、カミルはさらにスピードをあげて走り、女の首根っこを掴んだ。
ようやく息ができる。走るのをやめ、汗だくになりながらも女に近づく。
女も走って疲れたのだろう。その場で倒れ込んでいたが、私は変な声が出た。
「えぇ?」
女の正体、予想外だったから。セシリア妃じゃなく、女はエッバだった。あのお茶会で会ったメイドのエッバ。私に嫉妬して絡んできたメイド。セシリア妃の信者みたいなメイドという印象しかなかったが、どういうこと?
「エッバ、しくじったわね?」
しかも背後からセシリア妃も登場。エッバを睨みつけていた。
「そこまでしろとは言ってないわよ、エッバ!」
セシリア妃の声が響いていた。冷たい声だ。まるで悪役みたいだった。




