ダイヤモンド令嬢の浮気事件(10)
もうすっかり春だ。
風は暖かく、探偵事務所までの道のり、花屋の屋台も出ていた。花の匂いが鼻をくすぐるが、今日は探偵事務所に来客がある。私は花を眺め終えると、探偵事務所に走った。
すでに来客がきていた。応接室にカミルと二人きりでいたが、和やかに雑談中だ。
「ユリウスさん、いらっしゃいませ」
私は来客のユリウスに会釈し、お茶を運んだ。
「エステルさん、ありがとう」
お茶を受け取ったユリウス、もう元気そう。かすかに笑うと、猫のミルクの背中を撫でる。
一時はマリエに復讐するほど追い詰められていたユリウスだったが、その後、仕事が多忙になってしまい、恋愛について考える暇もないらしい。会社も大きくなり、今度新しく工場も建てるという。
しばらくユリウスは仕事について語っていた。私はなんのことだかさっぱり分からないが、カミルは興味深々だ。一緒にビジネスを立ち上げる話まで進んですようだ。そのユリウスの顔、憑き物が取れたかのよう。
もう復讐は考えていないらしい。マリエとバルテルは相変わらずだったし、それで良いかもしれない。
ふと、窓の外を見ると、花が咲いている。冬の間は枯れ木だった。寂しい光景だったのに、今は違う。時間は進む。季節は巡る。ずっと復讐を考えているのも損かもしれない。
ユリウスもそれに気づいたのかはわからないが、笑顔で探偵事務所を後にしていた。また猫のミルクに会いに遊びに来るという。
「さあ、エステル。今日は資料整理の仕事をするぞ」
「えぇ、今日!?」
「そうだ。一気に片付ける」
春の気候のせいで眠くなってきている。こきにきて仕事をするとか。ちょっとき口を尖らせ文句を言うが仕方ない。マーサも手伝ってもらい、資料室へ。
しばらく見ないうちに未処理の資料が溜まっていた。バラバラになっている資料もあり、順番通りに並べ、穴を開けてファイリングして行く。マーサはテキパキと働いていたが、カミルは新聞を読んだり、過去の資料を読み始め、全く進まない。
「カミル、何を読んでいるの? まだ資料整理終わっていないけど?」
口を尖らせて文句を言うが、カミルは過去の資料を読み、ウンウンと頷く。
「エステル、マーサ。この資料みてみ? 俺が昔、調査した浮気女性の件だが、その後、犯罪に巻き込まれてる。浮気相手が麻薬の密売をしていたらしい。こっちの女もそうだ。浮気が本気になって心中未遂までしているな。こっちの男は愛人に刺されてる」
カミルの言う通りだった。他にも過去の資料を色々と見たが、浮気や不倫をした方、ろくな末路になっていない。
「つまり浮気する人は勝手に自滅するから、復讐なんてしても意味ないってことかしら?」
マーサの呑気な声が響いた。その通りかもしれない。ユリウスは復讐するまで追い込まれていたが、わざわざそんな必要なかったかも。
もちろん、私が巻き込まれた事件みたいの名誉が侵害されていたり、濡れ衣を着せられているケースは例外だと思うけれど……。
「あぁ。ユリウスは復讐なんてしないでよかったと思う。どっちにしても、あの様子ではマリエは幸せになれるとも思えないしな」
カミルは過去の資料を閉じると、テキパキと棚につめた。これで今日の資料整理は完了だ。
「さあ、お嬢様、カミル様。クッキーが焼けていますから、一休みしましょう!」
マーサの笑顔が目の前にある。優しい顔だ。そんな顔をも見ていたら、やっぱり復讐なんかよりも自分の幸せに集中した方がいいかもしれない。
「ええ。マーサのクッキー食べるの、楽しみ!」
私も笑顔で頷き、みんなで休憩室へ向かう。今のところ、幸せや恋愛とかよくわからないが、みんなと一緒にいる今が楽しい。
こうしてマリエの事件も幕を閉じた。
◇◇◇
一カ月後。噂でマリエとバルテルが駆け落ち未遂をしたと聞いた。本当かどうかは不明だが、警察の世話にもなり、マリエの家もバルテルの家も大騒ぎらしい。
真実は不明だ。それでも噂はシミのように消えにくい。バルテルの家も悪評がたつように。
一方、ユリウスのビジネスは順調そのものだった。新しくできる工場では雇用も生み出し、近隣住民からの評判も良いという。
「なんでまた資料整理? どうしてこの探偵事務所は資料がバラバラになりやすいの?」
そんなある日、また探偵事務所で資料整理の仕事をしていた。しかも今日はマーサが実家に帰っているので、カミルと二人きりだ。山ほどの資料と格闘していたが、やってもやっても終わらない。つい愚痴がこぼれてしまう。
「そういうもんだ、エステル。こっちのもよろしく」
「なんでこんな終わらないのー?」
泣き言もこぼしつつ仕事をすすめるが、マリエの事件のファイルもあった。ユリウスの復讐未遂の件もちゃんと記録されていた。バルテルが私に送ってきた手紙も挟まってる。
今、読み返しても恥ずかしくなってきた。浮気男の言葉だと思うと……。
「お、エステル。何を見てる? あ、あの手紙か?」
カミルもあの手紙を見つけ、眉間に皺がよる。
「本当にバルテルという男はなんだ? 外面だけ良いだけか。適当なことばっかり書いて!」
カミルの目、怒りで燃えていた。謎だ。今はよっぽど不機嫌なんだろうか?




