ダイヤモンド令嬢の浮気事件(8)
マリエの尾行から探偵事務所に帰ってきた。
「おかえりなさい。お嬢様、カミル様。おいしいクッキーが焼きあがってますよ」
マーサに温かく迎えられ、ホッと息が出る。休憩室でお茶を飲み、クッキーを齧っていると、マリエのことなど忘れそうになるぐらいだ。猫のミルクも椅子の上で寝っ転がり、目を細めていた。
「しかしマリエのやつ、やっぱり浮気していたな。酷い女だ」
カミルはクッキーをバリバリ噛み砕きながらぼやく。このマーサが焼いたクッキーは雑穀入り。余計に咀嚼音が響く。
「やっぱりバルテルのこと忘れられなかったのね……」
私もクッキーを齧りながら、頷いてしまう。可哀想なのはユリウスだ。結局、マリエとユリウスは婚約破棄になるのだろうか。このまま結婚してしまったら、双方の傷は深くなってしまうだろう。
「あら、私はマリエお嬢様はユリウスと結婚したほうがいいと思いますね。恋愛と結婚は別ですから」
一方、マーサ。年齢を重ねたただけあり、深いことを呟いていた。
「ユリウス様は結婚相手としては良いと思いますね。貴族との繋がりも深いですし、今度工場も新しい作るという話も聞きましたし。やり手ですね。遊び人のバリテルといたって一生浮気に悩まされますよ。あのタイプはよそに愛人をつくって、死後に遺産トラブルも運んできますねぇ」
さすが年の功だ。マーサは先々まで予想してしまっていたが、私はわからない。マリエが浮気に走った気持ちは察するが、ユリウスと婚約しなければよかったのに。やはりこの婚約は当てつけだろうか。
「当てつけだろうよ。嫌な女だねぇ。こうしてバルテルの気持ちが返ってきたからよかったものの、そうじゃなかったらどうするんか。俺だったらこんなことする女、絶対関わりたくない」
カミルはばっさりと切り捨てクッキーを咀嚼。もう皿の上のクッキー、もう一枚しかない。
「可哀想なのはユリウスだよ。あんな人畜無害の男を傷つけて。あぁ、嫌だな。ユリウスにこの件、どう説明したらいいんだ」
カミルはぼやき、最後のクッキーを齧った。ちょうどお茶も冷めてきたところ。マーサがお湯を沸かしに給湯室へ向かった時、また探偵事務所の呼び鈴が鳴った。
思わず私とカミル、顔を見合わせた。ユリウスかもしれない。調査の進捗を報告しないといけない。
「あぁ、嫌だな。ユリウスかも。エステル、一緒に探偵事務所の入り口まできてくれ」
珍しく弱音を吐くカミルに続き、一緒に向かう。
「こんにちわ」
しかし、ドアを開けて立っていたのはユリウスではなかった。宅配便でもない。近所の人や一階のカフェ店長でもなく、マリエだった。
今日尾行した通り、ワインレッドのドレスを身をつつみ、こちらを見てる。相変わらず大きな目。本当にダイヤモンドのようだったが、喜びや楽しさといった感情は見えない。憂鬱さだけが濃い。とても恋人と会ったばかりの女性に見えない。バルテル、評判の良い男だが女性のエネルギーを吸って生きてるみたいじゃない。まるで吸血鬼。
「少しお話ししてもよろしい?」
マリエの提案に断る理由もなく、応接室へ。相変わらずマーサが持ってきたお茶を嫌がり、猫のミルクの鳴き声にも顔を顰めていた。マーサには応接室に近づかないよう言い、猫のミルクも事務室で遊ばせておく。
こうして応接室に戻ってきたが、空気は悪い。マリエは足を組んで座り、無言でカミルを睨みつけていた。カミルも大股で座り、微笑んでいた。一応公爵らしい笑顔だったが、目は全く笑っちゃいない。
こんな空気の中、とても居づらいが、カミルの横に座り、マリエに微笑む。どうかカミルみたいな笑顔にならないようにと願いつつ。
「マリエさん、今日はどうしたんですか。せっかくのお休みの日に」
私の笑顔が効果的だったが不明だが、マリエは睨むのをやめた。ただ、次に発した言葉は友好的ではなかった。
「あなたたち、今日、私の後をつけていたでしょう。エステルのメイド姿はちょっとわからなかったけれど、カミル、あなたの執事姿はバレバレだったわ。変装して尾行するなら、もう少し上手くやったら? プロでしょう?」
まさか尾行がバレていたとは。冷や汗が出てくる。一方、カミルは平然としたものだった。少し鼻で笑ってた。
「大方ユリウスからの依頼でしょう? いやな男ね。探偵つけるなんて」
「お前さんもうちを使ったがな」
カミルのツッコミはもっともだ。まさにブーメラン。マリエはカミルに反論できなかったが、下唇を噛むとユリウスの悪口三昧。
「あの男、本当につまらない。会話も単調だし、ろくな趣味もない男。仕事の話ばっかりよ。それにファッションセンスも悪いし、背も低いのよねぇ。顔も正直……」
それは裏返すとバルテルへの褒め言葉だろうか。確かにバルテルはユリウスとは正反対。
「しかも道で転んだ老人も無視よ。全然気づいてない。バルテルだった絶対助けるのにって思ったら、ユリウスなんて冷めちゃったわぁ。確かに結婚相手のは良いかもしれないけど、私がお化粧やドレスに使った金額も細かくチェックするのよ。いくら会計が得意だからってあんまりだわ……」
マリエ、泣いてしまった。もう完全にユリウスへの気持ちはないらしい。いや、最初からなかったのだろう。
その姿は全然幸福に見えない。一応恋をしている女性のはずだが、目も憂鬱だし、マリエ自身もどうしたら良いのか迷ってそう。
「それでまた婚約破棄か? ちょっと嫌なことがあったら辞めたいってわがままだなぁ」
カミル、もう呆れていた。マリエへ嫌悪感すらなく、見放している様な雰囲気。
「お前、どうしたいんか? このままフラフラ流されて生きても幸福になれんぞ。バルテル以外の男と一緒にいても変わらん。お前が変わらない限り。実際、ユリウスと婚約してもご覧の通りじゃんか」
カミル、小さな子供に諭すような口調。実際、マリエも子供みたいに顔をくしゃっとさせ、涙をこぼす。
「で、でも。私、もうどうしたら良いかわからない。バルテルの気持ち以外、全然自分でもわからない……」
泣き続けるマリエ。不憫になってきた。




