ダイヤモンド令嬢の浮気事件(6)
一応カレンダー上では冬だったが、連日温かい日が続いていた。
「あぁ、もう雪だるま溶けてるわ」
私は学校の帰り、探偵事務所まで歩いていた。雪もゆるゆると溶け出し、道端の雪だるまも原型をとどめていない。春が近い証拠かもしれない。私は首のマフラーをほどくとかばんに入れ、探偵事務所に入る。
といっても、マリエの件が終わってから依頼者もなく暇だ。休憩室でカミル、マーサ、猫のミルクとだらだらとお茶を飲んでいるだけだ。資料整理や備品発注、掃除も全部終わっており、三人ともやることがない。猫のミルクも椅子の上であくびしていた。
「フミャー」
抜けた猫のミルクの鳴き声を聞きながら、私まであくびが出そうな時、マーサが新しい話題を出してきた。
「マリエお嬢様の噂、聞きましたよ」
マーサは目尻を下げ、薄く微笑む。
「新しい婚約者の方、ユリウス・ロッキという方みたいです。商家のご子息ですね」
マーサの声を聞きながら、ロッキ家を思い出す。確か手堅い商家という噂。ホテルやレストランなどを主に経営しているそうだが、貴族や王族の顧客も多く、かなり安定しているという。息子のユリウスのことはよく知らないが、女好きという噂は聞いた記憶はない。
「ユリウス・ロッキか。ちょっと調べるわ」
カミルはそう言い、一旦資料室に向かって戻ってきた。
「資料によると、成績優秀、運動神経もいい子息みたいだな。経営の才能もあり、もう学生時代から会社運営もしてる。会計も得意で国家資格も持ってるぞ。この男、かなり堅実そうだ。資料では悪い噂もないな。ロッキ家自体も特に変な噂はない」
カミルの言うことが本当なら、これでマリエは幸せになれるのだろうか。
「良かったですね、マリエお嬢様。これだけ堅実そうな男性だったら、幸せになれると思います」
マーサはニコニコ顔でお茶をすする。
「そうだな。少なくとも遊び人のバルテルと一緒になるよりよっぽど良い選択だ。あの男と一緒になっても不幸にしかならんだろう」
カミルも決めつけていたが、私はお茶を飲み込みながら、違和感をもった。この探偵事務所で泣いていたマリエの顔が頭に浮かんでしまう。本当にこれで良かったのか。マーサのように笑顔にもなれないし、カミルのように納得してもできず、何か消化不良。
思わず猫のミルクの背中を撫でる。ツヤツヤな背中、相変わらず毛並みがいい。いつも通り目を細めて鳴いていた。
「ミャー」
その鳴き声と同時だった。探偵事務所の呼び鈴が響く。また誰か依頼者だろうか。カミルは浮き足立ち、入り口に向かい、マーサは新しいお茶の準備。私もマーサを手伝い、応接室にお茶を運んで行ったが。
依頼者、若い男性だった。カミルと向き合って座っていたが、肩幅が狭く、猫背でスーツがあまり似合っていない。背も低そう。顔のそばかすが浮き、色が白い。もやしのような雰囲気の男性だった。
「このお嬢様も探偵なんですか? 俺はユリウス・ロッキと言います」
驚いた。このもやしのような男性がユリウスだったとは。噂している最中、まさかのご本人登場。カミルも少し動揺している様子。大きく咳払いしていた。
とはいっても探偵事務所にやって来たユリウス。何か事情があるのに間違いない。私もカミルの横に腰掛け、話を聞くことに。
ユリウスは話しにくそうだった。まずは雑談。そこで猫好きだとわかり、ここは猫のミルクの出番だ。休憩室から猫のミルクを連れてユリウスの膝に貸してみた。
「これは、これは! なんと可愛い膝掛けだ!」
ユリウスは目をハートにし、猫のミルクを撫でていた。この作戦、大成功だった。ユリウスの緊張も溶け、事情を語ってくれた。
ユリウス、真面目な性格なのだろう。一から十まで順序だてて話さないと気がすまないタイプ。まずはマリエの出会いから語っていた。
マリエとはとあるパーティーで出会ったらしい。ユリウスの一目惚れだった。手紙を送り、口説いてはいたが、一年以上良い反応はない。それどころかバルテルと婚約したと知り、スッパリ諦めた。
「俺はバルテルが遊び人だって知っていました。このままあいつと一緒になってもマリエは不幸になるだろうと思っていましたが、まあ、しつこくなんてできないじゃないですか。もうマリエのことは諦め、仕事に邁進しようと思った矢先、まさかのバルテルの婚約破棄ですよ……」
猫のミルクの効果かユリウスは饒舌に語っていたが、その表情はだんだんと曇ってきた。
「ダメ元でもう一回手紙を送ったんです。どうせ無視されるか冷たい返事が来るだろうと思ったんですが……。なんと婚約しようって返事がきて。ここの経緯も聞きました。バルテルの浮気、あなたたちが調査してくれたんですよね?」
なぜユリウスがここに来たのだろう。良い話じゃないか。それは分からないが、ユリウスの表情、どんどん重くなってきた。
失礼だと思いつつ、ユリウスの顔を見てみる。そばかすの浮いた肌。色白で女性らしい肌質だったが、目は小さく、口も小さい。全体的に印象は薄い。バルテルは王子様の様なキラキラした笑顔を見せてきたが、ユリウスは真面目と言うか堅物そうで、冗談も一切言わない。バルテルとユリウス、太陽と月ほどに差がある。
疑問が浮かぶ。マリエはなぜユリウスを選んだのだろうか。確かに条件は良い男だが、バルテルとは正反対。少なくともマリエのタイプではなさそう。
こんなこと予想もしたくないが、「当てつけ」という言葉が浮かんでしまう。マリエ、本当にユリウスが好きなのだろうか?
それはカミルも何となく感じとっているらしい。同じ男としてもシンパシーがあるのだろう。終始、カミルはユリウスに同情的な眼差しだった。
「それでユリウス。我々に相談したいことは何かな? なんでも言っていいぞ」
今のカミルの声も優しい。マーサもやってきて雑穀のクッキーも振る舞われ、猫のミルクもいつも以上にあざといポーズをとる。私も笑顔でユリウスに向き合う。
ここでようやくユリウスは依頼内容を語り始めた。囁く様な小さな声だった。
「じ、実は……。マリエが浮気しているかもしれません」
カミルもマーサも驚いてはいなかった。私も全く驚かない。むしろ予想通りだと思ってしまう。
「マリエ、陰でコソコソとユリウスと付き合っているかも……。マリエがユリウスの別邸に入っていくのを見たんだ。別に浮気と確実な証拠があるわけじゃないのだが……」
ユリウス、苦い声を出す。もう猫のミルクも撫でていない。
「わかった。マリエの浮気調査だな?」
カミルは察しが良く、すぐに今後の調査計画の打ち合わせに入った。
その様子を隣で聞いていた私。かつての依頼者のマリエが今度はターゲットに。
「俺は浮気するような女は嫌いだからな。どんな事情があってもだ。俺らはユリウスの味方だ。その点は安心してくれ」
今日のカミル、やけに優しい。ユリウスも目元が赤くなっていた。
「そんな女、忘れて幸せになろう、ユリウス」
「え、ええ……。カミルありがとう。そうだな、俺もちゃんと幸せになりたい。なりたいのだが……」
ユリウスの表情は相変わらず苦い。せっかく恋が叶ったと思ったら、マリエの浮気疑惑。
ユリウスの心情を察すると、私も泣きたくなってきた。マリエの気持ちも分かるが、やっぱり浮気って嫌い。傷つく人ばかり。




