ダイヤモンド令嬢の浮気事件(3)
慣れない。今の変装、やっぱり慣れない。
今日は依頼者のマリエの婚約者の尾行予定だ。資料以上のことは何もわからず、結局、尾行調査することに決まった。
ちょうど休日、探偵事務所に集合し、変装をしていたが、やっぱり慣れない。今日は庶民の設定で、カミルとは兄弟を装おうつもりだったが、背筋を曲げるのも、悪い言葉遣いをつかうのも違和感がある。ドレスも色褪せた綿生地のものをマーサに着付けてもらったが、これでいいのだろうか。動きやすいのは良いが、果たして似合っているだろうか。
「エステル、もっと背筋を曲げろ」
「そうですよ! お嬢様、どうしても伯爵令嬢の品の良さが隠しきれていませんよ。そうですよねぇ、もう伯爵家に帰ったんですから仕方ないですけど、もっと頑張りましょう!」
カミルだけでなく、マーサにもダメ出しを食らい、困惑。カミルはもうすっかり庶民の姿に化けているし、焦ってきた。
「ミャー」
猫のミルクの鳴き声も私をバカにした感じだったが、変装は別にはじめてじゃ無い。どうにか過去の勘を思い出し、準備は終わった。マーサに見送られ、私たちは貧困街へ向かう。
今日はそこにターゲットのバルテル・ロザータがいるらしい。定期的に貧困街にある障害者施設に慰問をしているとマリエから聞き、尾行へ。
ゴミの散らかりようや酔っぱらい、娼婦たちの姿に思わず顔を顰めてしまう。慣れない。今の姿はここに溶け込んでいたが、条件反射で心臓が波打ってしまう。
運の悪いことに酔っ払いに絡まれそうになってしまい、冷や汗しか出ない。酒臭さも気持ち悪い。
「エステル、相手にするな」
一方、カミルは平然とした様子。しかも私の前を庇うように歩いている。違う意味で心臓が跳ねてくるが、ちょうどターゲットのバルテルを発見。
障害者施設の前方を歩いていた。従者を何人かつけているものの、いかにも貴族という雰囲気は目立つ。身長も高く、頭一つ抜き出ている感じだ。
噂通り、顔はいい。鼻も高く、目もくっきりと大きい。遊び人のような軽薄さはなく、顔立ちは百合の花みたいに清潔。ダイヤモンドのようなマリエとピッタリな雰囲気。
バルテルは案外腰が低く、従者が塀にぶつかるそうになると、さりげなく手を差し伸べていた。貧困街の酔っ払いや娼婦にも笑顔で接し、歓声まで上がっていたが、偉そうな態度は一切しない。
その上、道で転んだ老女も声をかけ、従者に手当てもさせていた。紳士的だ。
「おばあちゃん、大丈夫?」
その声、綿菓子のように甘やか。貧困街の娼婦もキャーキャー騒いでいるぐらい。
「カ、カミル。あのバルテル、紳士みたいよ。本当に浮気なんてしているの?」
謎だ。マリエからの情報と差がある。見た目の雰囲気も清潔感があり、真面目そうに見える。とても連日パーティーを開いて遊んでいるように見えない。
「人間、裏表があるからな。俺は探偵をしながら人間の裏面はよく知っているつもりだ。老女や娼婦に優しくするなんて演技さ。外面だけいいんだよ」
前を歩いていたカミルは歩幅をゆるめ、小さな声で語る。確かにそうかもしれないが、私の目からは悪人には見えない。
「エステル、ウブだな。いや、真面目で人を疑っていないと言えばいいんか?」
その言葉、なんか馬鹿にされているみたい。
「このままだと悪い男に引っかかるぞ。おぉ、今の俺はエステルの兄だ。お兄ちゃんとして悪い男から妹を守ろうじゃないか」
その冗談も完全に子供扱いだ。カチンとしたが、今は尾行中。大きな声も出せず、ただバルテルの後をつけていた。
バルテルは障害者施設へ。貧困街の中でもさらにオンボロの建物だったが、さすがに私たちは中に入れない。しばらく待ち、あとでここのスタッフにバルテルの評判を聞いたが。
「バルテル様! 本当にあの方は良い人よ。貴族なのに全然偉そうじゃなく、私たちにも優しいし、寄付金も惜しまない。このスロープも彼の提案で取り付けてくれたんです。車椅子の子も利用しやすいようにって」
スタッフの女性、バルテルの話題になるとテンションが高い。目もハートになっていた。
他にも足や目が不自由な少年たちにもバルテルの評判を聞いたが、全員「いいお兄ちゃん!」と絶賛だった。目が不自由な女の子は明らかにバルテルに恋愛感情を持っている様子で声もピンク色だった。
「どういうこと? バルテル、やっぱり悪い人じゃないんじゃ?」
障害者施設を後にし、貧困街を歩く私たち。相変わらずカミルは庇うよう前を歩いていたが、困惑した様子だ。
「おっかしいな。普通、弱者には本性を表すんだが、ここでもバルテルの評判がいい。確かにモテるようだが、男女ともに好かれてるじゃないか」
滅多に動揺しないカミルが困惑しているなんて。よっぽどだ。確かに今の様子だと、遊び人というより老若男女問わずの「人たらし」という雰囲気だ。
その後も貧困街のカフェや医院などで聞き込みをしたが、揃いも揃ってバルテルの評判がいい。誰も悪く言わない。それどころか好かれてる。ファンクラブもできていると知り、カミルはますます困惑。
翌日、王都周辺でも聞き込みをしたが、バルテルの評判はとても良い。女性にも人気だったが「バルテルだったら浮気症でも許す!」と騒がれており、マリエの証言の方が疑わしい状況。当然、浮気の証拠らしきものも出てこない。私のかつての婚約者は浮気相手達に恨まれていたが、そんな雰囲気も全く無い。
結局、何も成果が得られず探偵事務所に逃げ帰った私とカミル。マーサにも経緯を共有したが、一同困惑。休憩室でお茶を飲んでいるのに、ゆるい雰囲気にならない。ネコのミルクはグゥグゥ寝ていたが。
「マリエの方が嘘ついている可能性は? 例えば実は結婚したくなくて、婚約者の浮気をでっちあげたいとか」
思い切ってマリエについての違和感も言ってみるが、カミルもマーサの反応は鈍い。
「まあ、とにかくカミル様もお嬢様もその男が開いているパーティーに潜入しない限りはすすみませんよ」
なぜかマーサはふふふと笑っていた。
「実はさっきマリエお嬢様が来たんです。で、これを」
マーサは私たちの何かを掲げていた。それはバルテルの屋敷で開かれるパーティーの招待状だった。
「さあ、お嬢様、次はパーティーに潜入ですよ! 今度は令嬢らしくおめかししましょう!」
マーサの弾んだ声だけが響いていた。




