ダイヤモンド令嬢の浮気事件(2)
依頼者マリエ・アルタウスは美人だった。絵画から出てきたよう。まつ毛はバサバサだったし、目はダイヤモンドのように大きい。ワインレッドのドレスもよく似合う。歳は十九歳だが、垢抜けていて大人っぽい。
一方、私は学園の制服姿だ。髪も校則通りにまとめていたし、マリエの横にいると、月と太陽みたいな落差を感じてしまう。
とはいえ、庶民の商業地区の探偵事務所にいるマリエは明らかに場違い。そもそもこういった応接室とは合わない様子。
マーサが持ってきたクッキーやお茶も一切手をつけず、猫のミルクについても鼻を覆い嫌がっていた。結局、伯爵令嬢の私と公爵のカミルだけで話を聞くことに。
私はなんとなくマリエの第一印象は悪くなってしまったが、カミルは笑顔。営業スマイルだったが、久々の依頼主に喜びを隠せない様子だ。さっそく見積書やそろばんも持ってきて、マリエに相談内容を聞いていた。
「じ、実は依頼したい件があるのですが……」
マリエは言いにくそう。確かマリエは男爵令嬢だった。特に交流はないけれど、美人令嬢として縁談も絶えないという噂。貴族界隈ではダイヤモンド令嬢などと言われ、王宮画家がモデルに絵を書いたこともあった。まさに絵から飛び出てきたような令嬢だったが、黙っている姿は少々とっつきにくい。
それに……。今、一瞬、私に睨んできたような。一瞬だったので気にせいかも知れない。カミルも気づいていないし、マリエが私を睨む理由はないはず。そう納得し、もう一度声をかけると、ようやくマリエは事情を話し始めた。
「実は……」
声まで可愛らしいが、その内容は笑えない。
マリエは先月、婚約したらしい。お相手が隣国の公爵で、まだ発表できないらしいが、とあるパーティーでマリエが見初められ、とんとん拍子に婚約まで至ったそう。
しかし、その相手のバルテル・ロザータは美形で女からもモテる。常に女の影がつきまとい、浮気している可能性が高いという。連日、仲間内でパーティーを開き、一夜限りの女も何人もいるとか。
「わ、私。バルテルを信じたいんです。でも、女の影がチラチラしているし、実際、バルテルのメイド達からもそんな噂をいっぱい聞いて」
ついにマリエ、泣き出してしまった。ダイヤモンドのような大きな目からはボロボロと雫が溢れる。庇護欲を誘うような涙だ。私が男だったら間違いなくハンカチを渡すだろう。
チラリとカミルを見たが、なぜかため息をついていた。謎だ。
「マリエ嬢、事情はわかったが、君は俺たちに何して欲しいんだ。泣いているだけだとわからない」
カミルは呆れたように、さらにため息。子供と接するようだった。
「婚約者の浮気の証拠が欲しいのか? それだったら協力できるが、それ以外は無理」
意外と厳しい。私もあの事件に巻き込まれた時、確かに甘やかさなかった。それどころか復讐をけしかけてきた男だったが、今回もそうらしい。
「そんな。ひどいわ」
おかげでマリエ、さらに泣いてしまった。これは収集がつかないが、この感じ、既視感。そうだ、妹のイザベルが癇癪した時とそっくりだった。あのイザベルとマリエを重ねてしまい、肩をすくめてしまったが、窓の外を見ると、もう空は薄暗い。雪は止んでいるが、夜が近くなっていた。
マリエもこのままずっと泣いているわけにいかないと悟ったのだろう。小さな声だったが、バルテルの浮気の証拠を見つけ、婚約破棄したいという。
これにようやくカミルも納得。今後の調査方法や見積もりを作り、契約成立。さっそくカミルがマリエからここ最近の様子や行動パターンを聞いていた。
聞くば聞くほど、バルテルという男、不誠実。連日女性とパーティーを開き、遊んでいる様子はどう聞いても酷い。婚約者もいるのに遊んでいるなんて。きっと嫌な男に違いない。
マリエが帰った後も、ついついカミルに愚痴ってしまった。
「婚約しているのに浮気なんて。きっと嫌な男よ」
「お嬢様の言う通りですわ。マリエお嬢様が可哀想」
マーサも同意してくれた。お茶も淹れてくれたので、怒りはトーンダウンしてくるが、ちっともいい気分にはなれない。浮気者というと私のかつての婚約者を思い出したのかも知れないが。
「そうかね? 浮気男というのは分かりやすく悪人とは限らない。おそらくモテるし、女の扱いもうまい。浮気や不倫相手に本気になるケースは稀だが、本当に外面だけは良い。エステルの元婚約者はどうだったかい?」
一方カミルは冷静だ。痛いところをついてきた。確かに元婚約者、外面だけは良かった。
「なんでも見た目だけでは判断するな。お、その浮気相手、ロザータ家、慈善活動に熱心で、寄付金額も隣国で一位だそうだ」
しかもカミルは資料も持ってきて客観的な事実も言う。
「ふむふむ。ロザータ家自体は何の悪い評判はない。むしろ環境問題の取り組みとか慈善活動で評判がいい。動物愛護もしているらしい。息子バルテルも資料上は特に悪評はないな」
「え、嘘。カミル、本当なの?」
それには驚く。典型的な悪人だと思っていたから。
「まあ、それはともかく、今後の調査の計画をさらに細かく立てよう。エステル、マーサも協力してくれるよな?」
結局、夜まで探偵事務所で仕事だった。久々の依頼者だ。カミルも生き生きと仕事をしていた。
私はマリエの様子に引っかかってはいたが、気のせいかもしれない。カミルもマーサも特に何も気づいていない様子だったし。
「ミャーォー」
猫のミルクの鳴き声だけが呑気だった。




