ダイヤモンド令嬢の浮気事件(1)
「俺は浮気するような女は嫌いだ」
◇◇◇
今の季節は冬だ。探偵事務所の近くの道も小雪が舞い、私が吐く息も白い。道行く人も背中を丸め、着膨れしていた。子供が作った雪だるまも癒される。
「雪だるま、可愛いわね。あら、雪うさぎもいるわ」
つい私は笑顔になり探偵事務所へ歩いていた。学校の帰りはいつもそう。一応私は伯爵令嬢ではあるが、とある事件に巻きこまれ公爵家の子息・カミルの探偵事務所を手伝ってた。
「来たわ、マーサ」
探偵事務所のあるビルの階段を登り、二階へ到着。相変わらず迷い猫のチラシが貼ってあったが、もう探偵助手募集のチラシは消えていた。扉を開けると、マーサに出迎えられた。マーサの笑顔は見るだけでホッとする。
「エステルお嬢様。お帰りなさい」
「ええ、マーサ。お茶もできているの? ありがとう」
「一休みしましょう」
マーサは元々、事件に巻き込まれた時にメイドをしてくれた老女だ。おっとりとした見た目に反し、料理洗濯掃除なんでもできる。訳あっててこの探偵事務所で事務員もしているが、カミルからの評判も良い。
こうして私とマーサは探偵事務所の休憩室でお茶を飲む。寒空の外にいたせいか、ストーブの音や温かいティーカップが身に染みる。それにマーサお手製の雑穀入りクッキーもおいしい。ザクザクした歯応えも楽しい。
「ミャーオ」
まったりとしていたら、猫のミルクもやってきた。真っ白な猫だ。元野良猫だったことが信じられないほ毛並みがいい。私もついつい猫のミルクの背中を撫でる。モチモチした手触り、癒されるが。
何かが物足りない。そうだ、最近は探偵事務所に依頼がなく、暇なせいか。それとも……?
ポンとカミルの顔が浮かぶ。メガネをかけ、栗色の短髪が似合い、いかにも知的そうな面立ち。背も案外高く、この前、探偵事務所の掃除をしていたら、棚の上の資料を取ってくれたっけ……?
あの事件に巻き込まれた時も味方になってくれた。決して負けないようにと励ましてもくれたが。
「お嬢様、どうしたんです? この寒いのに、真夏みたいに顔が真っ赤ですよ」
「えぇ、そ?」
マーサに指摘されて変な声が出そうになった。猫のミルクも不審そうにこちらを見ているし、私ったらどうしたの。令嬢らしく背筋を伸ばさないとダメじゃない。
「おー、エステルか。来たな」
タイミングが悪く、カミルがやってきた。このビルの一階のカフェで休憩してきたらしい。微かにコーヒーの匂いもしていた。
よりによってカミルのことを考えている時に本人が登場とは。全くダメじゃない。私、本当にしっかりしないと。
私は咳払いをし、令嬢らしく背筋を伸ばす。そう、いつも通りだ。
「カミル、本当に探偵事務所に依頼はないの?」
「ないね。ない時はとことんないんだ」
こんな状況だが、カミルは全く冷静。いつもそうだ。この人が動揺することあるのか。ついチラチラとカミルの横顔を見てしまいそうだったが、マーサも猫のミルクも全く気づいていない。
とはいえ、ここでずっと休憩しているのも退屈ということで、みんなで探偵事務所の資料整理をすることに。探偵事務所の北側にある資料室に向かい、ファイリングしたり、要らない資料を破棄したり、時系列順に並べ替えたりした。
暖房がない資料室。正直寒いが、働いているうちに汗も滲んんできた。それにカミルのことを考えないで良いからちょうどいい。
「あら、お嬢様。見てください、この資料を。案外女性も浮気したり、不貞をしているんですねぇ」
マーサは過去の資料を読みながら、少し引いていた。私も資料をのぞいてみたが、確かに女性が浮気しているケースも多々ある。身分が高かったり、金持ちの女性でもそう。貞淑さは推奨されているし、令嬢としてもそういった教育を受けていたので、ちょっと気持ち悪くなってくるぐらいだ。
「た、確かに。男性も女性も浮気しているのは、何か気持ち悪いわね」
私は資料を見ないようにしながら棚に戻した。
「それに私の母、お父様の不貞に苦しめられていたから。やっぱり、なんで浮気するのかわからない」
「そういうもんだよ、エステル。人間の欲は果てしない」
一方、カミルは職業柄なれているのだろう。特に表情を変えず、資料をばんばん積み上げていた。
「でもカミル様。大切な女性が浮気したらどうです?」
なぜかマーサはこの話題を引き伸ばした。
「そもそも俺はそういう女は元から選ばない。俺は浮気するような女は嫌いだ」
カミルははっきりと言う。いや、言うというよりは宣言しているようだった。いつも以上に視線もまっすぐだった。
「わ、私だってお父様みたいに浮気するような人は苦手よ」
そんなカミルにつられ、つい口から滑ってしまった。
「あら、カミル様もお嬢様も気が合いますね。お似合いですわ」
マーサの冗談に私は顔が熱い。本当に辞めてほしいと思ったが、カミルはいつも通り平然としていた。
「エステル、気が合うな」
カミルはニヤニヤと笑い、メガネを掛け直しているぐらい。
そんな気が合うなんて言われても困る。ますますカミルが気になってしまうじゃない。
そう思った時だった。探偵事務所の入り口からチャイムの音が響く。思わずみんなで顔を見合わせる。
「依頼者かね?」
カミルはさらにニヤニヤと笑い、資料室を出ていく。正直、依頼者が来てくれて助かった。色んな意味で。




