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彼女の部屋に入ってから私は針の筵にいるような居心地の悪さを覚えた。これはきっと思い込みだろうが、それを感ぜられる程に私の心は平静を失っていた。先程までの邪念や億劫などはとうに無く、唯焦燥が私にのしかかるばかりである。そんな様子を窺ってか凛が話題を持ちかけてきた。
「本当に久しぶりだね、都会の暮らしは上手くできてるの?」
「うん、それなりに」
せっかく話をしようとしてくれていても緊張からかまともに凛を見ることが出来ず私は俯くのみだった。
「そう、私も上手くやってるよ」
「結婚式挙げる程にね。おめでたいじゃないか、ドレス着るの昔の夢だったろう」
「そうだったかな、覚えてないや」
私が陰気な言葉ばかり使うからか雰囲気は結婚式前日のものではなく、寧ろお通夜を思わせるようだった。
「あれ程熱心に語っていたのにね、あくまで過去は過去という訳か」
「そんなことはないよ、唯言う必要がなくなっただけ。言わなくても式を挙げられるくらいだからね」
その言葉が私を皮肉っているのかそれとも本当にそうであるのか私には判別が付かなかった。唯彼女の言葉にどこかで傷心する自分がいる事自体が最高の皮肉である事を私は感じていた。同時に今でも目の前のこの人を考えてしまう私に嫌悪が募った。
「それ程に相手は裕福なのか、二十歳過ぎで安安と式を挙げれる程世は楽じゃなかろう」
「それなりに、確かにこの島じゃきっと裕福な層でしょう」
私は話が新郎の方に行ったのを見てこれを皮切りに帰ろうと言い出した。
「新郎さんに申し訳無いから此処らで御暇させていただきましょうかね」
「彼は準備で忙しいから居ても大丈夫よ」
「居ないからこそ駄目でしょう」
「知られないのだからいいじゃない。それに土産話の1つや2つは持ってこなかったの?」
「気持ちの問題だろう、些細な事で綻びは生じる。一度綻びが生じればそれを無くすのは難い。そうやって日が経つに連れ綻びは一つ二つと増えていく。それがいつしか大きな障壁となって二人の前に立ちはだかる。人間関係が壊れる時というのはいつも決まってこの順だ。綻びが生じるのが遅くとも気づいた時には手遅れだ。何も壊れるときは一瞬なんだよ。それに土産話は明日でもよかろう。雨が強まらない内に帰るとするよ」
「そうね、玄関まで見送るわ」
やはり二人並んで歩く廊下の静けさは変えられないらしい。
「では、さよなら」「えぇ、また明日」
パタンと扉が閉じ終わるまでを見届け、私は傘を手に掛けたまま歩き始めた。
何かわからない水滴に顔を濡らしつつ一人帰った。卑屈な雨粒が体に染みた。




