第110話 テレーゼの杖術鍛錬
正式にオルト公のお屋敷に泊めてもらう事となった俺達&刀子+3。ディナーでは期待通りの豪勢な食事が振舞われ、俺達の胃を満たしてくれた。但し、同席していたメイ夫人に聞いたところ、普段の食事はもっと質素なもので済ますらしい。客人として俺達を迎える為、わざわざこれらの料理を用意してくれたとか。ええ、分かっています。オルト公は良い領主、これを心に刻んでそれとなく評判を広めましょうぞ。
「うま、うま!」
「もぐもぐ…… このお肉、初めて食べるものですね! とっても美味しいです!」
「ええ、それは大陸の北側で名産となっている肉でして―――」
ちなみに、この食事にテーブルマナーなんてものは存在しない。堅苦しいのは抜きで! というテレーゼの柔軟な提案を受け入れ、各自が思うがままに食している。食事中、刀子は兎にも角にも料理を口にかき込み、ハルはシェフを呼んで事細かくレシピについて質問していた。両者とも、明らかに大食い体形である真丹よりも食べている。小柄な体のどこに詰め込んでいるのやら。ま、今更か。
「デリスさん。早速ですが、この食事会が終わりましたら指導をお願いできまして?」
「ええ、構いませんよ。ですが、食事の直後で大丈夫ですか?」
「戦闘とは何時如何なる時に起こるか、分からないものです。私、些細な事を理由にしたくありませんの」
「やる気十分のようですね。では、食事が終わった後に戦闘用の装備に着替え、中庭に集合という事で。杖もお忘れなく」
「承知しましたわっ!」
確か、テレーゼ嬢の杖術スキルはレベル30台だったな。俺が指導し、集中的にスキルを伸ばしたところで卒業祭に間に合うかは分からない。必要なのは何よりも集中力、モチベーション、時間だ。時間が不足している分、テレーゼ嬢には他の要素で補ってもらうしかない。そういった意味では、彼女は期待できそうだ。
「んぐんぐ…… なあなあ、姉さんよ」
「私の事を言ってるの?」
「アンタ以外に誰がいるんだよ」
俺がテレーゼと話す一方で、刀子がネルに話し掛けていた。騎士団の者達が聞いたら卒倒しそうなほどにため口だ。
「俺達もこれを食い終わったら、鍛錬を始めようぜ! 善は急げ、思い立ったが吉日だ!」
「もう夜だってのに吉日も何もないでしょうが…… 安心なさい。言われなくとも嫌ってほど絞ってあげるから」
ネルは優雅に食事を進めていた。しかし、これがネル流の鍛錬に変わった時、こんな優雅な姿が果たして何分何厘残っている事やら。頼むから屋敷は倒壊させないでくれと、再三お願いはしている。お願いは、している。
「へぇ、大層な自信じゃねーか。へへっ、この後が楽しみだぜ。あ、これおかわりで」
「もぐもぐ…… 私もお願いします!」
「2人とも、あんまり食べ過ぎないでよ? その、戻すかもしれないから……」
「「んぐもぐ」」
「き、聞いてない……」
だって、本能に生きる少女と全力を出さずにはいられない少女だもの。食事制限? いくら食べても全て消費エネルギーに回されるから、考えた事もないんじゃないかな?
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月が昇り、夜空が鮮やかな星の光で満たされる。そんな自然界の光だけでは何とも心もとない地上であるが、屋敷の中庭には外灯が点在していて、特に暗闇で困るような事はなさそうだった。周囲に執事やらメイドやらが散開していて、ちょいと気にはなるが、地下修練場の有様よりはマシと考えておこう。
「それでは始めるとしましょうか」
「ええ、よろしくお願いしましてよ!」
テレーゼ嬢は遺跡に向かった時と同じ格好で中庭に現れた。あの杖も健在である。
「まず、先刻拝見したお嬢様のスキルレベルについて、確認しておきたいのですが…… 護りに特化したスキル群と比べて、杖術スキルはレベルが低いままですよね。普段はどのような鍛錬をされているのですか?」
学院に通い、生徒会長の職務まで務めるテレーゼ嬢だ。時間の全てを鍛錬に注ぎ込む訳にはいかず、勉学や雑務に追われる事も多いだろう。こう言っては何だが、学院の基本カリキュラムはあくまで学生向けのもの。ハルや千奈津らが求めるそれと比べると、どうしても程度の低いものになってしまう。だとすれば、後は合間の時間に何をするかが焦点となる。
「ドン! ガン! キィーン! ……ですわ!」
「……はい?」
「ですから、ドン! ガン! キィーン! ……ですの!」
「………」
いかん、翻訳を連れて来るのを忘れていた。しかし、今からあの魔境に足を踏み入れるのもなぁ。よし、こうしよう。
「そうですね。大よそは把握しましたが、実際にやって頂いた方がより理解できると思います。軽くで良いので、実演して頂いても?」
「それもそうですわね。分かりましたわ。ええと…… この庭木を護衛対象としますわね!」
テレーゼ嬢はそう言って、子供ほどの高さのを指差した。そして、高らかに指を鳴らす。
―――パチン!
何の合図だろうかと俺が首を傾げていると、周囲で見守っていた使用人達がおもむろに武器を取り出し、一斉にテレーゼ嬢へと襲い掛かった。長剣に槍に投げナイフにメイス――― 実にバラエティ豊かな面子である。お前ら一体どこから取り出したのかと、小一時間問い質したい気持ちもあるが、まずは何事だよと。
「参りますっ!」
「来なさいなっ!」
先頭を切る1人の執事が、鞭を片手にそれを振り払う。狙うは先ほどテレーゼが指差した庭木。その傍に立っていたテレーゼは、させるかとその間に立ち入り盾を構えた。執事の巧みな鞭捌きをテレーゼは全てガード、しかし、その間にも後続のメイドが、執事が、お手伝いさんらしき老婆(大斧装備)が庭木へと迫り、攻撃を仕掛けようとしている。
動き方からして、この使用人達は素人ではない。皆が皆、馬車の護衛をしていた冒険者達よりも腕が立つんじゃないかというくらいだ。なるほどな。使用人として屋敷の生活を支えながら、雇い主の護衛者としても一流と。彼らがこの屋敷を護る、本来のボディーガードなのか。
「まだまだぁー!」
攻撃に参加する人数が増える毎に、庭木を護る難度は格段に高くなっていく。同時に、テレーゼの防御術も必要最小限の動きで最大限の成果が出せるよう、動きが精密に変化していった。攻撃手も護り手も、お互いに手足を止める気配がない。やや冷たい夜風が流れる中庭には、盾が得物を弾く金属音ばかりが鳴り響いていた。
「―――5分経過! 各自、持ち場に戻るように!」
かと思えば、真っ白なお髭が映える一際ダンディーな執事がそんな事を叫び出した。この叫びに反応して、各使用人達は攻撃を即刻中止。言葉の通り、初めにポジショニングしていた持ち場へと何事もなかったかの如く戻るのであった。いや、何事だよ。
「これが私流の自己鍛錬、根性で護り抜け! ですわ!」
ん、んんー…… やりたい事は分かったけど、これって杖の練習というよりは盾の修練になっているのでは? しかも、護ってばかりで攻撃していない。ただでさえ杖なんだか盾なんだか不明な形状の得物、それでは杖の練習をしているとは判定されないのではなかろうか? 逆に考えれば、努力の方向性を少し修正してやれば、これからガンガン成長していく、か?
「分かりました。まず、基本的な杖術の鍛え方ですが、護りよりも攻撃するのに意識を集中して―――」
何とかこちらは道筋が掴めた。さて、最も不安であるネルが受け持つ鍛錬地獄コースは大丈夫かね。




