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【完結読切・全5話】最後の手紙を届ける日  作者: 鷹司 怜


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第四章 終列車の約束


 午後十時四十五分。


 雨は止んでいた。


 雲の切れ間から月が覗いている。


 誠司は懐中電灯を手に、旧三番線へ向かっていた。


 十五年前の事故以来、閉鎖されたホーム。


 雑草が伸び放題になり、駅員ですら近づかない場所だった。


 線路は錆びついている。


 当然、列車など来るはずがない。


 それでも誠司は歩いた。


 神崎の日記に残された言葉。


『午後十時四十五分 三番線で待っています』


 その意味を知りたかった。


 ホームへ足を踏み入れる。


 静寂。


 風の音だけが聞こえる。


 誰もいない。


 やはり何も――


 その時だった。


 遠くで光が見えた。


 誠司は息を止める。


 光は次第に大きくなっていく。


 レールが震える。


 風が吹く。


 そして。


 あり得ないことが起きた。


 一両編成の列車がホームへ滑り込んできた。


 銀色の車体。


 柔らかな灯り。


 行先表示はどこにもない。


 静かに停車する。


 扉が開く。


 誰も降りてこない。


 だが。


 誠司には分かった。


 乗らなければならない。


 そう思った。


 足が勝手に動く。


 車内へ入る。


 扉が閉まる。


 列車はゆっくり走り始めた。


 乗客はいない。


 自分一人だけ。


 静かな車内。


 聞こえるのはレールの音だけだった。


 やがて前方の席に人影が見えた。


 女性だった。


 窓際に座っている。


 長い髪。


 白いワンピース。


 細い肩。


 見間違えるはずがなかった。


 誠司は立ち尽くした。


 声が出ない。


 十五年間。


 一度も忘れたことがない。


 夢で何度も会った。


 何度も名前を呼んだ。


 そして。


 届かなかった人。


 女性はゆっくり振り返る。


 優しく微笑んだ。


「久しぶり」


 山崎美咲だった。


 誠司の視界が滲む。


 何か言わなければならない。


 そう思うのに。


 言葉にならない。


 美咲は少し困ったように笑った。


「変わらないね」


 その笑顔も。


 声も。


 高校時代のままだった。


 誠司はようやく口を開く。


「……なんで」


 それしか言えなかった。


「死んだはずだろ」


「うん」


 美咲は頷く。


「死んだよ」


 あまりにもあっさりと言う。


 だから余計に苦しかった。


 誠司は拳を握る。


「じゃあ何なんだよ」


「最後のお願い」


 美咲は窓の外を見た。


 夜の景色が流れていく。


「少しだけ時間をもらったの」


 沈黙。


 列車の音だけが続く。


 誠司は座った。


 向かい側の席。


 高校時代に戻ったような気がした。


 美咲がいる。


 それだけで胸がいっぱいになる。


 しばらく二人は何も話さなかった。


 やがて。


 美咲が小さく笑う。


「覚えてる?」


「何を」


「雨の日」


 誠司の胸が痛む。


 忘れるはずがない。


 赤い傘。


 帰り道。


 踏切。


 駅の話。


 全部覚えている。


「このままずっと雨だったらいいのに」


 美咲が言った。


「言ったな」


「意味、聞かなかったね」


「聞けなかった」


 美咲は窓に映る自分を見つめる。


「終わってほしくなかったの」


 誠司は黙る。


「高橋くんと一緒にいる時間が」


 その言葉が胸に突き刺さる。


 十五年前に聞きたかった言葉だった。


 今さら。


 本当に今さらだった。


 それでも。


 嬉しかった。


 どうしようもなく。


 嬉しかった。


 美咲は続ける。


「卒業式の日もね」


 誠司の視界が揺れる。


「振り返ればよかった」


「……」


「あなたが何か言おうとしてたの分かってた」


 誠司は目を閉じた。


 悔しかった。


 あの日の自分が。


 逃げた自分が。


「ごめん」


 気づけば口にしていた。


「言えなかった」


 美咲は首を振る。


「私も言えなかった」


 静かな声だった。


 責める気持ちはどこにもない。


 ただ。


 少しだけ切なかった。


 列車は闇の中を走り続ける。


 そして。


 誠司はようやく言う。


 十五年間閉じ込めていた言葉を。


「好きだった」


 涙が落ちる。


「ずっと好きだった」


 美咲も泣いていた。


 微笑みながら。


「うん」


 それだけだった。


 けれど。


 それだけで十分だった。


 十五年越しの想いは、


 ようやく届いたのだから。


 列車がゆっくり減速する。


 終点が近いのだと分かった。


 美咲が立ち上がる。


「もう行かなきゃ」


 誠司は顔を上げる。


 嫌だった。


 また失うのが。


 また別れるのが。


 だが。


 今度は違う。


 美咲は微笑む。


「紬をお願い」


 その言葉に誠司は頷く。


「任せろ」


 初めて迷わず答えられた。


 美咲は安心したように笑う。


 そして最後に言った。


「誠司」


「ん?」


「幸せになって」


 列車が止まる。


 扉が開く。


 光が溢れる。


 その中へ美咲は歩いていく。


 一度だけ振り返る。


 高校二年の雨の日と同じ笑顔で。


「ありがとう」


 そして。


 姿は光の中へ消えた。


 誠司は立ち尽くす。


 泣いていた。


 けれど不思議だった。


 胸の痛みが少しだけ軽くなっていた。


 十五年間止まっていた時間が、


 ようやく動き始めていた。

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