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【完結読切・全5話】最後の手紙を届ける日  作者: 鷹司 怜


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第二章 赤い傘の少女


 七月七日。


 朝から空は重い雲に覆われていた。


 天気予報では午後から雨。


 誠司は落ち着かなかった。


 仕事中も何度も時計を見た。


 列車を見送りながらも。


 ホームを掃除しながらも。


 頭の中にあるのは、あの手紙だけだった。


『七月七日。


 桜並木へ来てください。』


 午後六時。


 勤務を終えた誠司は駅を出た。


 桜並木までは徒歩十分ほどだった。


 春には町中の人が訪れる名所だが、夏の今は人通りも少ない。


 空が鳴った。


 遠くで雷が光る。


 やがて雨が落ち始めた。


 ぽつり。


 ぽつり。


 そして本降りになる。


 誠司は足を止めなかった。


 約束の場所へ向かう。


 桜並木の中央。


 古いベンチの前。


 そこに――。


 一人の少女が立っていた。


 赤い傘を差して。


 十五歳くらいだろうか。


 長い髪。


 細い肩。


 制服姿。


 雨の中なのに、まるでずっと誰かを待っていたように立っている。


 誠司は思わず足を止めた。


 少女も気づいた。


 ゆっくり顔を上げる。


 その瞬間。


 誠司の胸が強く鳴った。


 似ていた。


 目元が。


 笑い方が。


 どこか美咲に。


 だがもちろん別人だった。


 そんなことは分かっている。


 分かっているのに。


「高橋誠司さんですか」


 少女が先に言った。


 誠司は驚く。


「どうして俺の名前を」


「待っていました」


 少女は小さく頭を下げた。


「来てくれてありがとうございます」


「君は……」


 問いかける。


 だが言葉が続かない。


 少女は答えず、静かに封筒を差し出した。


 古びた封筒だった。


 角が擦り切れている。


 何年も大切に保管されていたような封筒だった。


「これを」


「誰からだ」


 少女は少しだけ目を伏せた。


 雨音だけが二人を包む。


「山崎美咲からです」


 誠司は息を呑んだ。


 やはりその名前だった。


「そんな馬鹿な」


 思わず声が強くなる。


「美咲は死んだんだ」


「知っています」


 少女は静かだった。


「私も知っています」


 その言葉に妙な重みがあった。


 まるで本当に知っている人間のように。


 誠司は封筒を見つめる。


 開けたい。


 だが怖い。


 開けた瞬間、すべてが壊れてしまいそうだった。


「君は誰なんだ」


 少女は答えない。


 代わりに小さく笑った。


 その笑顔に誠司は再び胸を突かれた。


 美咲によく似ていた。


「今は言えません」


「なぜだ」


「まだ約束の途中だからです」


 意味が分からない。


 だが少女の目は真剣だった。


 嘘をついているようには見えなかった。


 雨が強くなる。


 桜並木の葉が揺れる。


 その時だった。


 突風が吹いた。


 少女の手から何かが落ちる。


 一枚の写真だった。


 泥に濡れる前に誠司が拾う。


 そして。


 凍りついた。


 写真には三人の人物が写っていた。


 若い美咲。


 見知らぬ男。


 そして幼い少女。


 家族写真だった。


 だが。


 男の顔に見覚えがあった。


「……まさか」


 誠司は呟く。


 少女が顔色を変える。


「知っているんですか」


「昨日……」


 誠司は写真を見つめた。


「昨日、駅で見た気がする」


 男は笑っていた。


 写真の中で。


 しかし。


 その男もまた死んでいるはずだった。


 少女は何も言わない。


 ただ写真を受け取る。


 そして赤い傘を握りしめた。


「次も会ってくれますか」


 その声は少し震えていた。


 初めて年相応の少女に見えた。


 誠司は答えられなかった。


 分からなかったからだ。


 目の前で何が起きているのか。


 誰を信じればいいのか。


 だが。


 少女の瞳だけは。


 どうしても放っておけなかった。


「……分かった」


 少女はほっとしたように微笑んだ。


「ありがとうございます」


 そして背を向ける。


 雨の中を歩き始める。


「待て!」


 誠司が呼ぶ。


 少女は振り返る。


「名前は?」


 数秒の沈黙。


 やがて少女は答えた。


「紬です」


 それだけ言うと。


 赤い傘は雨の向こうへ消えていった。


 誠司は一人残された。


 手の中には古い封筒。


 胸には答えのない疑問。


 そして。


 消えゆく赤い傘だけが焼き付いていた。


 雨は降り続いている。


 まるで。


 十五年前から止まっていた時間を、少しずつ動かすように。

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