「届かなかった手」
第9話です。セリアの過去が明かされます。少しだけね
光が、揺れていた。
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橙色。
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暖かいはずの色が、目に刺さる。
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違う。
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これは。
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火だ。
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視界が、赤い。
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煙が、喉に絡む。
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息ができない。
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「……っ、げほ……!」
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咳が止まらない。
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足がもつれる。
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それでも、止まれない。
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「……母さん!」
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叫ぶ。
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返事はない。
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家は、崩れている。
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柱が折れ、壁が焼け落ちている。
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見慣れたはずの場所が、別のものになっていた。
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(どこ……どこにいる)
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焦る。
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頭が回らない。
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熱い。
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痛い。
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それでも。
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進む。
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瓦礫を越える。
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炎を避ける。
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手を伸ばす。
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誰かの腕が見えた。
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「……いた!」
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駆け寄る。
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掴む。
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引く。
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動かない。
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「……起きて」
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声が震える。
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揺らす。
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もう一度。
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「起きてよ……!」
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反応はない。
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熱だけが、増していく。
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焦げた匂いが、強くなる。
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(……違う)
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分かってしまう。
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それでも。
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認められない。
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「……まだ……」
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言葉が続かない。
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その時。
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音がした。
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何かが崩れる。
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天井。
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落ちてくる。
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(――っ)
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動けない。
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間に合わない。
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視界が、塞がれる。
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その瞬間。
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何かが、弾いた。
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衝撃。
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身体が、横に転がる。
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瓦礫が、すぐ隣に落ちる。
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視界が揺れる。
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「……立て」
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声。
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低い。
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聞き覚えは、ない。
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振り向く。
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そこに、誰かがいた。
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逆光。
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顔は、よく見えない。
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ただ。
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影が、揺れている。
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輪郭が、曖昧だ。
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「……まだ動ける」
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淡々とした声。
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感情は、薄い。
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それでも。
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確かに、こちらを見ている。
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「……家族が」
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言葉が、途切れる。
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振り返る。
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さっきの場所。
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炎が、全てを飲み込んでいる。
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もう、近づけない。
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分かる。
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分かってしまう。
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「……っ」
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足が、動かない。
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その場に縫い付けられたように。
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「行くぞ」
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短い言葉。
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腕を引かれる。
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「待って……!」
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振り払おうとする。
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だが。
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力が、抜ける。
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立てない。
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視界が、揺れる。
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「……遅い」
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その一言。
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冷たい。
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だが。
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事実だった。
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もう、間に合わない。
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理解してしまう。
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「……いや……」
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声にならない。
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涙も出ない。
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ただ、崩れる。
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そのまま、意識が落ちる。
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最後に見えたのは。
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揺らぐ影。
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輪郭の定まらない、その姿。
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手を、掴まれていた。
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目を開ける。
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静かな天井。
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知らない場所。
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匂いが違う。
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音が違う。
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生きている。
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それだけが、分かる。
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手を見る。
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何も、残っていない。
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あの時、掴めなかったものも。
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守れなかったものも。
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全部。
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消えている。
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(……私が、遅れた)
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言葉が、内側に落ちる。
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理由は、いらない。
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結果だけでいい。
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守れなかった。
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それが、全て。
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ゆっくりと、手を握る。
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震えはない。
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もう、泣かない。
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「……次は」
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小さく、呟く。
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「見逃さない」
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それが、残ったもの。
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それだけが。
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セリアを、動かす理由になった。
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記憶が、途切れる。
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現在へ戻る。
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森の中。
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朝の光。
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静かな空気。
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セリアは、立っている。
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剣を握る手に、わずかに力が入る。
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(……似ている)
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あの影。
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あの輪郭。
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あの感覚。
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名前は、思い出せない。
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顔も、分からない。
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それでも。
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確かに、繋がっている。
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「……だから」
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小さく、吐く。
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迷いを、押し殺す。
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「次は、斬る」
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言い切る。
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それが、正しさだと信じて。
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森の奥へ。
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再び、歩き出す。
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答えには、まだ届かない。
第9話でした。次回は節目の10話なのでここからどんどん面白くなっていきますのでお楽しみに!




