「闇の観測者
43話です。
歪んだ空間の先は、静寂を貫いていた。
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風もない。
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音もない。
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白にも黒にも見える曖昧な世界。
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まるで境界そのものへ入り込んだみたいだった。
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カインが眉をひそめる。
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「……何度来ても慣れねぇ場所だな」
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足元へ薄く氷が広がる。
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だが、その冷気すら空間へ溶けていく。
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ルクスは何も言わなかった。
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ただ前を見る。
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空間の奥。
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そこに、一人の少女が座っていた。
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小柄な身体。
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淡い銀色の髪。
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静かな瞳。
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以前と変わらない姿。
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まるで最初から、そこにいたみたいに。
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少女はゆっくり顔を上げる。
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そして小さく言った。
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「来たのね」
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カインが肩を竦める。
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「……またお前か」
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少女――魔王は特に気にした様子もない。
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その視線は、真っ直ぐルクスへ向いていた。
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しばらく沈黙が続く。
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不思議と嫌な空気ではない。
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だが。
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この少女が普通ではないことだけは、本能で分かった。
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ルクスは静かに口を開く。
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「……あんたは何なんだ」
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魔王は少しだけ首を傾げる。
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「魔王」
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簡単な答え。
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だが、その言葉だけで空間が僅かに軋んだ。
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カインが鼻で笑う。
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「便利な名前だな」
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魔王は反応しない。
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ただ、ルクスを見ていた。
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「変わった」
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ぽつりと呟く。
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「前のあなたは」
「ただ流されていただけだった」
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「今は違う」
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少女の瞳が静かに揺れる。
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「選ぼうとしている」
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その言葉に、ルクスは少しだけ目を細めた。
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魔王は続ける。
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「あなた達は変われた」
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「でも」
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空間が微かに揺らぐ。
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「他の人間は?」
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静かな問い。
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だが重かった。
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カインが眉をひそめる。
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その時だった。
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空間の奥。
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何かの気配が揺れた。
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ルクスは反射的にそちらを見る。
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だが、何もいない。
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ただ。
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“誰か”がいる。
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そんな感覚だけが残った。
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カインが小さく舌打ちする。
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「……まだいたのか」
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魔王は静かに言う。
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「あなたも知っているでしょう」
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「変わることを望む者」
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「変わらないことを望む者」
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「色々いる」
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曖昧な答え。
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だが、その言葉だけで十分だった。
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この少女だけではない。
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境界の向こうには、
まだ何かがいる。
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ルクスは静かに拳を握る。
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魔王はどこか遠くを見る。
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「人は恐怖する」
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「だから、すぐに答えを欲しがる」
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「役割を与えられれば安心する」
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「変えられれば、考えなくて済む」
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その声には、
嘲笑も怒りもなかった。
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ただ観測している。
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それだけだった。
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「人は」
「本当に選び続けられるの?」
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純粋な疑問。
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だからこそ、不気味だった。
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ルクスは静かに息を吐く。
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そして。
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「分からない」
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カインが少し驚いた顔をする。
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だがルクスは続けた。
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「間違う奴もいると思う」
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「逃げる奴もいる」
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「変われない奴もいる」
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小さく拳を握る。
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「でも」
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セリアの顔が浮かぶ。
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泣きそうな顔で、それでも前を向いていた。
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カインの背中が浮かぶ。
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暴走しても、なお戦おうとしていた。
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ミリスのスライム達。
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全部。
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自分で選び始めていた。
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「それでも」
「選ぼうとする奴はいる」
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ルクスは真っ直ぐ魔王を見る。
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「だから俺は」
「それを信じたい」
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沈黙。
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長い静寂。
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やがて。
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魔王が、ほんの少しだけ目を細めた。
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「……そう」
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その瞬間。
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空間が軋む。
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白と黒の境界が揺らぎ始める。
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カインが低く構える。
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魔王は静かに立ち上がった。
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小柄な身体。
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なのに。
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世界そのものが動いたみたいな圧力が広がる。
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「なら」
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少女は静かにルクスを見る。
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「見せて」
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その瞳が、初めて少しだけ熱を持った。
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「人が」
「選び続けられる存在だと」
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次の瞬間。
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境界が、砕けた。
43話でした




