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最弱テイマーは総てを溶かす  作者: コクトー
第四章 境界の外
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36/52

「フェンリル」

36話です。

湖の水面が、また揺れた。


ルクスの過去を映していた光景が薄れ、代わりに冷たい白が広がる。


雪ではない。


氷だった。


石造りの通路。

白く凍りついた壁。

割れた器具。倒れた研究員。


セリアは息を呑む。


「……ここも、王国の施設?」


ノクスは静かに頷いた。


「同じ場所。別の記憶」


カインの表情が変わる。


いつもの軽さが消えていた。


「……やめろ」


誰に言ったのか分からない声だった。


けれど、水面は止まらない。


景色の奥で、少年が膝をついていた。


幼いカイン。


息は荒い。

その背後で、巨大な氷の狼の影が揺れている。


研究員の声が飛ぶ。


「制御不能だ!」


「失敗作だ、処分を——」


その言葉が終わる前に、床が凍った。


白い氷が走り、部屋ごと飲み込んでいく。


セリアの手が震える。


「……カイン」


カインは答えない。


映像の中の少年は、周囲を見ていた。


壊れた扉。


逃げ惑う子供達。


その中に、小さなルクスがいた。


幼いルクスは、混乱したまま立ち尽くしている。


氷が迫る。


その瞬間、幼いカインが叫んだ。


「逃げろ!」


幼いルクスは動かない。


カインは歯を食いしばる。


「お前だけ逃げろ!!」


その声に、現在のルクスの目が揺れた。


何かが繋がる。


断片。


声。


冷たい廊下。


そして、誰かの背中。


「……ああ」


ルクスが小さく呟いた。


「これ、覚えてる」


カインが顔を歪める。


「……お前は、そこだけかよ」


ルクスはカインを見る。


「全部は知らない」


少し間を置いて、続けた。


「でも、お前が逃がした」


カインは笑わなかった。


「違う」


低い声。


「俺が壊したんだ」


映像の中で、施設が崩れていく。


氷が暴れ、壁を砕き、命を奪っていく。


幼いカインは自分の手を見ていた。


止められない力。


そして、遠くへ消えていく幼いルクスの背中。


セリアは言葉を失っていた。


カインはずっと知っていた。


ルクスのことを。


けれどルクスは、助けられた記憶だけを持っていた。


「……だから」


セリアがようやく口を開く。


「フェンリル戦の時、あんた……」


カインは目を逸らす。


「ああ」


短く答える。


「生きてるはずがねえと思った」


沈黙。


カインは拳を握る。


「壊したはずだった」


ルクスは少し考えてから言う。


「壊れてないぞ」


あまりに普通の声だった。


カインが目を見開く。


ルクスは続ける。


「逃げろって言われたから、逃げた」


「だから今いる」


カインは何か言おうとして、言えなかった。


セリアも同じだった。


過去の景色はさらに変わる。


凍った施設を抜け、幼いカインは外へ出る。


傷だらけで、凍えるような夜。


行く場所などなかった。


王国は彼を失敗作と呼んだ。


処分対象と呼んだ。


だから少年は歩いた。


何日も。


何も持たずに。


そして、雪原の奥で出会う。


巨大な氷狼。


その長。


咆哮が雪を揺らす。


幼いカインは震えていた。


けれど、引かなかった。


そこへ、白い少女が現れる。


魔王。


今と同じ姿。


変わらない瞳。


「生きたい?」


幼いカインは答えない。


魔王は首を傾ける。


「なら、証明して」


氷狼が襲いかかる。


少年は戦った。


獣のように。


人のように。


どちらでもないまま。


やがて、氷狼の長が倒れる。


雪原に静寂が戻る。


魔王は少年を見下ろした。


「これからは、フェンリルと名乗れ」


それは救いではなかった。


優しさでもなかった。


けれど。


存在を認める言葉だった。


映像が薄れていく。


セリアは黙ったままカインを見る。


「……じゃあ、急にいなくなったのって」


カインは視線を外す。


「そういうことだ」


その声は、少し苦かった。


「お前を置いていったわけじゃねえ」


セリアの胸が詰まる。


幼い頃。


王国に保護されて、眠れなかった夜。


ぶっきらぼうに隣へ座ってくれた少年。


「寝ろ」


それだけ言って、朝までいてくれた。


その人が、ある日突然消えた。


ずっと、少しだけ恨んでいた。


「……なんで言わなかったのよ」


カインは苦笑する。


「言えるかよ」


それだけだった。


セリアは唇を噛む。


怒ればいいのか、泣けばいいのか分からなかった。


その時、湖面が赤く揺れた。


炎。


燃える村。


泣き叫ぶ人々。


幼いセリアが、炎の中で立ち尽くしている。


そして、その前に一人の少年が飛び込む。


幼いルクス。


セリアを引っ張り、崩れる家屋から逃がす。


「……ルクス」


セリアの声が震えた。


ルクスは映像を見ても、どこか曖昧な顔をしていた。


「……これも、少しだけ」


覚えている。


でも全部ではない。


炎の向こうに、赤い影が見えた。


イグニス。


今よりも少し若いが、ほとんど変わらない姿。


カインが低く言う。


「あいつだ」


セリアの呼吸が止まる。


「イグニスは昔から魔王側にいた」


カインは続ける。


「少なくとも、俺よりずっと前からな」


「じゃあ……実験体じゃないの?」


カインは首を振る。


「多分違う」


燃える炎を見つめながら、言った。


「あいつは最初から“そういう存在”だ」


映像が消える。


湖は再び静かになった。


誰もすぐには話せなかった。


ルクスの過去。


カインの過去。


セリアの過去。


全部が、別々だと思っていた傷が、同じ場所へ繋がっていた。


セリアはゆっくり顔を上げる。


「……確かめなきゃ」


声は小さい。


でも、震えていなかった。


「王国に」


カインが見る。


「行くのか」


セリアは頷いた。


「知らなきゃいけない」


王国が何をしたのか。


自分が何を信じていたのか。


何を守ろうとしていたのか。


ルクスはセリアを見た。


「分かった」


止めない。


責めない。


ただ、そう言った。


カインは少しだけ目を伏せる。


「戻れば、敵になるかもしれねえぞ」


セリアは静かに答える。


「それでも行く」


湖の奥で、ノクスがこちらを見ていた。


何も言わない。


選ばせるように。


セリアは拳を握る。


王国へ戻る。


真実を知るために。


そして、自分で選ぶために。

36話でした小出しにしてた情報をようやく拾うことが出来ました

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