「雨の匂い」
29話です。
雨が降っていた。
焼け野原へ、静かに。
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熱を冷ますみたいに。
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黒く焦げた地面を、雨粒が叩く。
煙の匂いが薄れていく。
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「……ほんとに全部焼けてる」
セリアが呟く。
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イグニスの炎。
その爪痕は、戦いが終わった後も残っていた。
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ルクスは少し離れた場所を歩いていた。
雨の中。
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右手を見る。
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赤い炎が、指先で小さく揺れた。
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消えない。
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「……変な感じする」
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熱いわけじゃない。
でも、自分のものじゃない感覚が混ざっている。
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しばらく見つめてから、炎を消す。
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その時。
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「おーい」
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カインの声。
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「こっち来い。雨強くなる」
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ルクスが顔を上げる。
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崩れかけた小屋。
セリアとカインが先に入っていた。
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ルクスも中へ入る。
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雨音。
屋根を叩く音だけが響く。
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しばらく、誰も喋らなかった。
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その沈黙が、不思議と嫌じゃない。
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セリアが小さく息を吐く。
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「……はい」
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布を投げる。
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カインが受け取る。
「何だこれ」
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「手当」
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「別に平気だ」
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セリアが睨む。
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「黙って」
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有無を言わせない声。
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カインが苦笑する。
「はいはい」
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セリアがカインの腕を見る。
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凍傷。
それに焼け跡。
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「ほんと無茶するわね」
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「お前らもだろ」
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“お前ら”。
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セリアが少しだけ目を細める。
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ルクスが横から言う。
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「カインの方が無茶だった」
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「誰のせいだよ」
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「イグニス強かったから」
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「そういう問題じゃねえ」
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セリアが吹き出す。
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「ふふっ……」
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戦闘後なのに。
疲れているのに。
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少しだけ、空気が軽い。
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セリアは包帯を巻きながら、小さく言う。
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「……でも、ちょっと安心した」
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カインが見る。
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「何が」
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セリアは少し迷ってから答えた。
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「あんたが、自分を止められなくなるんじゃないかって思ってたから」
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雨音が響く。
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フェンリル。
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あの冷たい狼。
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力だけで全てを押さえつけていた存在。
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セリアの中には、まだ少し怖さが残っていた。
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カインはしばらく黙っていた。
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それから、小さく笑う。
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「……俺も思ってた」
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セリアが顔を上げる。
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カインは天井を見る。
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「また戻るんじゃねえかってな」
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静かな声。
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ルクスは何も言わない。
ただ聞いている。
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カインは続けた。
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「でもまあ」
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少し間。
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「お前らいたしな」
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セリアの目が少しだけ開く。
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カインが、“頼った”。
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それを、自分で認めた。
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ルクスが言う。
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「一人じゃなかったからな」
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カインが笑う。
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「お前、たまに妙に真っ直ぐだよな」
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「そうか?」
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「そこ自覚ないのが怖えんだよ」
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セリアが頷く。
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「分かる」
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「ひどいな」
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でもルクスは少しも気にしていない。
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その空気が、また少しだけおかしくて。
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セリアは肩の力を抜いた。
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今までなら、こんな風に笑えなかった。
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フェンリルは敵だった。
王国の外は危険だった。
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でも今は。
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こうして同じ場所に座っている。
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雨音を聞きながら。
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セリアがぽつりと言う。
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「……なんか調子狂うわ」
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「今さらだろ」
カインが返す。
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ルクスが二人を見る。
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「仲良いな」
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少しの沈黙。
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セリアとカインが同時に言った。
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「よくない!!」
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その声が重なる。
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ルクスが少しだけ笑った。
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外ではまだ雨が降っている。
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でも、小屋の中だけは少し暖かかった。
29話でした〜。3人がまた仲良くなってますね〜




