「銀狼」
26話です。カインは過去を乗り越えられるのか
吹雪が森を呑み込んでいた。
地面が凍る。
空気が裂ける。
木々が白く染まり、砕けていく。
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カインの周囲だけ、温度が違った。
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「っ……!」
セリアが腕で顔を庇う。
冷たい。
皮膚が痛い。
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だが、その中心にいるカインの方が苦しそうだった。
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呼吸が乱れている。
目が揺れている。
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氷が、止まらない。
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イグニスはその光景を見ながら、静かに言う。
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「それがお前だ」
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炎狼が背後で唸る。
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「獣を押さえ込め」
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「力で従わせろ」
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氷がさらに荒れる。
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セリアの足元まで凍り始める。
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「カイン!」
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返事はない。
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カインの脳裏には、昔の景色が流れていた。
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凍る地面。
砕ける人間。
怯える視線。
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“フェンリル”。
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その名前で呼ばれていた頃。
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力で押さえつけることしか知らなかった。
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「っ……!」
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氷狼の影が背後に浮かぶ。
巨大な白銀の獣。
牙を剥き、暴れ狂う。
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セリアが息を呑む。
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「……これが」
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イグニスが頷く。
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「そうだ」
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「それがフェンリルだ」
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炎狼が前へ出る。
対するように氷狼が唸る。
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「押さえ込め」
イグニスが言う。
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「支配しろ」
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「それが強さだ」
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カインの拳が震える。
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押さえ込もうとするほど、
氷が暴れる。
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制御しようとするほど、
獣が牙を剥く。
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「違……っ」
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苦しそうな声。
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その時。
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「怖いんでしょ」
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セリアの声だった。
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カインの目が揺れる。
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セリアは前へ出る。
凍りつく地面を踏みながら。
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「その力が」
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「じゃなくて」
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一歩近づく。
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「あんた自身が」
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カインの呼吸が止まる。
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イグニスが眉をひそめる。
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「何を——」
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「だってそうでしょ」
セリアは遮る。
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「制御できないから怖いんじゃない」
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「それを使った自分が嫌なんだ」
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氷狼が揺れる。
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カインの脳裏に、昔の自分が映る。
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感情のない顔。
冷たい目。
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「何者も服従させる圧倒的な力」
「それが俺にはある」
「故に、貴様達は負けるのだ」
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その言葉。
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今の自分が、一番嫌っている言葉だった。
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「俺は……」
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声が震える。
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「また、ああなる……!」
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イグニスが言う。
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「それでいい」
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「獣とはそういうものだ」
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「力とは支配だ」
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その時。
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ルクスが口を開いた。
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「なら、やめればいい」
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空気が止まる。
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イグニスの目が細くなる。
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「……何?」
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ルクスは変わらない。
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「使わないって選択もある」
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カインが顔を上げる。
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そんな言葉。
今まで誰にも言われたことがなかった。
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強いなら使え。
使えないなら価値がない。
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それだけだった。
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氷狼が唸る。
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カインはそれを見る。
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暴れ狂う獣。
恐れていた力。
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でも——
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「……違うな」
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小さく呟く。
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拳をゆっくり開く。
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押さえつけるのをやめる。
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制御しようとするのをやめる。
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ただ、受け入れる。
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氷が静かになった。
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吹雪が止まる。
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イグニスの目が揺れる。
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「……なぜだ」
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暴れていた氷狼が、形を変えていく。
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巨大な銀の狼。
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白ではない。
鋭く輝く、静かな銀。
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その狼は、暴れない。
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ただ。
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カインの背後に立っていた。
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静かに。
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セリアが目を見開く。
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「……綺麗」
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銀狼は吠えない。
牙も剥かない。
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ただ、そこにいる。
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イグニスが低く言う。
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「なぜ制御できる」
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カインは銀狼を見る。
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「制御してねえよ」
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静かな声だった。
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「押さえつけるのをやめただけだ」
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銀狼が一歩前へ出る。
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炎狼が唸る。
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二匹の獣が向かい合う。
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だが、空気が違う。
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炎狼は従属。
銀狼は共存。
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イグニスが初めて表情を歪めた。
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「……ありえん」
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ルクスが前へ出る。
赤い炎を纏いながら。
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「いや」
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銀狼を見る。
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「それでいい」
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カインが小さく笑う。
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「お前、理解早いな」
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「見れば分かる」
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いつもの調子。
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セリアが呆れたように笑う。
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「そこでそれ言う?」
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でも、その空気で少しだけ張り詰めたものが緩む。
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イグニスだけが、理解できない顔をしていた。
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炎狼が唸る。
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銀狼が静かに前へ出る。
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そして。
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カインが言う。
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「行くぞ」
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今度は、“フェンリル”ではなく。
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カインとして。
26話でした。共にあると従わせる。炎と氷の戦いはまだまだ続きます




