「揺らぎの火」
宜しくお願いします18話です
夜。
街の喧騒が遠くに消え、
三人は宿の一室にいた。
簡素な部屋。ベッドが二つ。
カインは壁際に座り、無言で剣を見ている。
セリアはベッドに腰かけ、足をぶらつかせていた。
ルクスは窓際。外を見ている。
会話はない。
だが、昨日までの沈黙とは少し違っていた。
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「ねえ」
セリアが口を開く。
「なんだ」
カインが視線だけ向ける。
「今日のやつ」
「……荷運びか」
「それもあるけど」
少し間を置く。
「戦い方」
カインの手が止まる。
「何がだ」
「トドメ、刺さなかったでしょ」
静かに、でもはっきりと。
「逃げたやつ」
カインは少しだけ視線を逸らした。
「必要なかっただけだ」
「昨日も同じこと言ってた」
「だからそうだって——」
言いかけて、止まる。
言葉が続かない。
セリアはじっと見ている。
「……違うでしょ」
小さく言う。
カインは黙る。
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「なんで止めたの?」
答えはすぐには返ってこなかった。
しばらくして、ようやく口が開く。
「……分からん」
短い一言。
「は?」
「分からんって言ってる」
苛立ち混じりの声。
「いつもならやってる」
「じゃあ今は?」
「……」
沈黙。
カインは拳を軽く握る。
「手が、止まった」
その言い方は、どこか他人事だった。
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「変だと思わない?」
セリアが言う。
「思ってる」
即答だった。
「だから聞いてる」
カインは視線を落とす。
「俺は、そういう風に作られてる」
「戦うために」
「迷わないために」
言葉が、少しずつ重くなる。
「止まる理由なんて、ないはずだ」
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「でも止まった」
セリアが返す。
カインは何も言わない。
否定もできない。
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「ねえ」
セリアが少しだけ身を乗り出す。
「それってさ」
「変わってきてるってことじゃないの?」
カインが顔を上げる。
「……変わる?」
「うん」
「良い方に、かもしれないじゃん」
少しだけ笑う。
軽い調子。
でも、目は真剣だった。
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「……良い、ね」
カインが小さく呟く。
その言葉は、自分でも噛みしめるようだった。
「分からん」
正直な答え。
「俺にとって何が“良い”かなんて」
セリアは肩をすくめる。
「じゃあさ」
「これから決めればいいじゃん」
カインが眉をひそめる。
「簡単に言うな」
「簡単じゃないよ」
すぐに返す。
「でも、今までは決められなかったんでしょ?」
「……」
「だったら今がチャンスじゃん」
まっすぐな言葉だった。
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少し離れた場所で、ルクスが静かに聞いている。
口は出さない。
ただ、視線だけが二人に向いていた。
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カインはしばらく黙ったまま、やがて口を開く。
「……なあ」
「ん?」
「俺はどっちだと思う」
セリアが首をかしげる。
「どっちって?」
「人間か、兵器か」
部屋の空気が少し変わる。
セリアはすぐには答えなかった。
考える。
ちゃんと。
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「まだ分かんない」
正直に言った。
カインが小さく笑う。
「だろうな」
「でもさ」
セリアが続ける。
「どっちかじゃなくてもよくない?」
「は?」
「その中間でもいいし、全然違うのでもいいし」
軽く言う。
「決めつける必要なくない?」
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カインは黙る。
その発想は、今までになかった。
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「……面倒な考え方だな」
ぽつりと。
「でしょ」
セリアが笑う。
「でもちょっと楽じゃない?」
カインは答えない。
ただ、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
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ルクスが窓から離れる。
「明日、出る」
いつもの調子。
「早いな」
カインが言う。
「ここにいる理由はない」
「……そうか」
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セリアがベッドに倒れ込む。
「はー、疲れた」
「何もしてないだろ」
「話すのって疲れるの!」
カインが呆れたように息をつく。
でも、その表情は少しだけ柔らかかった。
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灯りが消える。
三人はそれぞれの場所で横になる。
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静かな部屋。
その中で、カインは目を閉じながら考えていた。
止まった理由。
変わったのかどうか。
分からないまま。
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「……決める、か」
小さく呟く。
その言葉に、答える者はいない。
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ただ——
その揺らぎは、確かにそこにあった。
18話でした




