「選ぶ歩幅」
15話です。これからどうなるか
街道は、拍子抜けするほど静かだった。
フェンリルを倒した直後とは思えない。
風も穏やかで、魔物の気配も薄い。
先頭を歩くルクスは、しばらく無言で周囲を見ていた。
視線は遠く、足取りは一定。
「このまま南に抜ける」
短く言う。
カインが隣で肩をすくめた。
「判断早いな。普通はもう少し様子見るもんだろ」
「北はさっきの群れの残りが寄る。西は湿地で足を取られる」
「……見てきたみたいに言うな」
「似た地形は何度もある」
淡々とした返答。
セリアが後ろから顔を出す。
「ねえ、それ本当に“似てるだけ”? なんか——」
「既視感、か」
ルクスが振り返らずに言う。
セリアは一瞬黙って、うなずいた。
「うん。さっきの分かれ道も、同じの見た気がする」
カインが笑う。
「疲れてんだよ。でかいの相手にした後だしな」
「でもさ、看板の傷の位置まで同じだった気がするんだよ?」
「そこまで覚えてるなら逆にすげえよ」
軽口で流される。
セリアは少しだけ口を尖らせたが、すぐに歩調を戻した。
ルクスはそのやり取りを聞きながら、ほんのわずかに足を緩める。
三人の歩幅が揃う。
「南に行く。今日は日が落ちる前に集落に入る」
「了解、隊長さん」
カインがからかう。
「誰が隊長だ」
「決めてんのお前だろ。十分それっぽい」
ルクスは答えず、前を向いたまま進む。
否定もしない。
それが、選択だった。
⸻
しばらく歩くと、低い柵に囲まれた小さな集落が見えてきた。
煙の匂い。人の声。
どこにでもある、ありふれた景色。
「助かったな。野宿は回避だ」
カインが伸びをする。
「うん……」
セリアの返事は少し遅れた。
視線は村の入口に向いている。
「どうした」
ルクスが短く問う。
「いや……あの看板」
入口の木札。行き先と村の名前が刻まれている。
「文字、ちょっと削れてるでしょ」
「風雨でだろ。珍しくもない」
カインが答える。
「でも、同じ削れ方……」
言いかけて、やめる。
自分でも根拠が曖昧だと分かっていた。
ルクスは看板に一瞬だけ視線をやる。
「通るだけだ。気にするな」
判断は変えない。
それで会話は終わった。
⸻
村に入ると、露店の店主が声をかけてきた。
「旅人かい?」
「ああ。宿を探してる」
カインが応じる。
「宿なら奥に一軒——」
店主は言葉を切る。
「……いや、手前にも、あったか?」
自分で首をかしげる。
「どっちだよ」
「はは、最近物忘れがね」
曖昧に笑う。
セリアがじっと店主を見る。
「二軒、ありますよね」
自然に口から出た。
店主は少し驚いてから頷く。
「そうそう、二軒だ。奥と手前だ」
「だよね」
セリアは小さくうなずく。
カインが横目で見る。
「なんで分かった」
「なんとなく」
「便利だな、その“なんとなく”」
ルクスが店主に視線を戻す。
「最近、似たことが多いのか」
「ん?」
「言いかけて、違うことを言う」
店主は少し考えて、肩をすくめた。
「さあな。歳だろうさ」
軽い答え。
それ以上は何も出てこない。
ルクスは追わない。
今は情報が足りないと判断した。
⸻
宿に入る。
木の匂いのする、簡素な建物。
「三人だ。部屋は?」
ルクスが言う。
宿主は帳簿を開き、指でなぞる。
「……三人、ね」
一瞬だけ、指が止まる。
それから何事もなかったようにページをめくった。
「空いてるのは一部屋だ」
「それでいい」
ルクスは即答した。
カインが眉を上げる。
「いいのか? 二つ取れるならそっちの方が——」
「今日は一部屋でいい。明日動く」
判断は変わらない。
カインは肩をすくめた。
「ま、任せるよ」
セリアは帳簿をちらりと見る。
そこに何かが引っかかった気がしたが、形にならない。
「……うん、それでいいと思う」
自分でも理由は分からないまま同意する。
⸻
部屋に入る。
ベッドは二つ。
三人には少しだけ窮屈だ。
「ほらな、言っただろ」
カインが苦笑する。
「交代で寝ればいい」
ルクスは荷を下ろしながら言う。
「お前、そういうとこ容赦ないよな」
「効率の問題だ」
淡々とした返答。
セリアは窓のそばに立ち、外を見た。
夕暮れが村を包んでいる。
穏やかで、静かな景色。
……なのに。
「ねえ、ルクス」
「なんだ」
「この旅さ」
少し迷ってから言葉を続ける。
「ちゃんと三人で歩いてる感じ、する?」
カインがすぐに返す。
「してるだろ。何言ってんだ」
「うん、してる……はずなんだけど」
ルクスは少しだけ考え、答える。
「揃ってはいないな」
「歩幅?」
セリアが聞く。
「それもある。考え方もだ」
「そりゃそうだろ。別人なんだから」
カインが言う。
「だから合わせる」
ルクスは短く言った。
「全部をじゃない。進む方向だけは」
部屋が少し静かになる。
セリアが小さく笑った。
「……それ、ちょっと安心した」
「何がだよ」
「ちゃんと“決めてくれてる”って感じ」
カインが鼻で笑う。
「やっぱ隊長じゃねえか」
ルクスは肩をすくめるだけだった。
否定も、肯定もしない。
ただ——
進む方向は、自分が選ぶ。
⸻
夜。
三人はそれぞれの場所で横になる。
規則正しい呼吸が、部屋に満ちる。
その中で、セリアはふと目を開けた。
「……」
何かが引っかかる。
足りないのか、余っているのか。
分からない違和感。
隣ではカインが寝息を立て、
反対側ではルクスが静かに目を閉じている。
三人。
ちゃんと三人。
——のはずだ。
「……気のせい、か」
小さく呟いて、目を閉じる。
違和感は、形にならないまま沈んでいった。
⸻
外では風が吹く。
何も変わらない夜。
ただ、ほんのわずかに——
世界のどこかで、噛み合わない歯車が回っていた。
15話でした三人の感じたものは一体?




