「静かな歪み」
お疲れ様です14話です。
朝。
乾いた風が、三人の間を抜けていく。
街道は静かだった。
遠くに小さな村が見えるが、まだ距離がある。
すでに宿は離れていた。
「……なんだこれ、固っ」
カインが顔をしかめる。
手にしているのは、保存食の干し肉だ。
「保存食よ」
セリアが淡々と答える。
「文句あるなら食べなくていいけど?」
「いや食うけど」
そう言いながら無理やり噛む。
「……味気ねえな」
「贅沢言わない」
即座に返す。
ルクスは少し前を歩きながら、そのやり取りを聞いていた。
「……随分元気だな」
「腹減ってるだけだ」
カインが笑う。
軽い調子。
だが――
ふと、手を止める。
「……?」
視線が、自分の手に落ちる。
ゆっくり握る。
「……どうしたの?」
セリアが気づく。
「いや……今、一瞬」
眉をひそめる。
「冷えた気がした」
風が吹く。
それだけだ。
だが、何かが引っかかる。
「……気のせいじゃない?」
セリアはあえて軽く言う。
「かもな」
カインも深くは追わない。
だが。
ルクスは見ていた。
その瞬間。
空気が、わずかに歪んだのを。
(完全には消えていないな)
ノクスの声。
「……だろうな」
小さく呟く。
しばらく歩く。
森を抜け、開けた道へ出る。
人の通りも増えてくる。
その途中。
――影が飛び出した。
「――!」
小型の魔物。
牙を剥き、一直線に突っ込んでくる。
「任せろ」
カインが前に出る。
反射的に。
踏み込む。
だが。
一瞬、動きが鈍る。
「……っ!」
遅れる。
魔物の爪が迫る。
その直前。
――弾かれる。
横からの一撃。
ルクスだった。
「無理すんな」
短く言う。
そのまま一閃。
魔物を仕留める。
静寂。
カインが、苦い顔をする。
「……鈍ってんな」
「当たり前でしょ」
セリアが即座に言う。
「さっきまで化け物だったんだから」
「言い方な」
カインが苦笑する。
だが。
その奥に、わずかな引っかかりが残る。
夕方。
三人は街道から少し外れた場所で足を止めた。
焚き火が、静かに揺れている。
誰も、すぐには話さない。
火の音だけが響く。
やがて。
「……なあ」
カインが口を開く。
火を見たまま。
「力、戻ると思うか?」
軽い調子。
だが、その奥には迷いがある。
ルクスは少しだけ間を置いた。
「……さあな」
短く答える。
「戻るかもしれねえし、戻らねえかもしれねえ」
それ以上は言わない。
カインが、小さく息を吐く。
「そっか」
それだけ。
それでいいと言うように。
沈黙。
火が揺れる。
その中で。
「……戻らなくても、いいんじゃない」
セリアが言った。
二人の視線が向く。
「今のあんたは、あんたでしょ」
静かに。
だがはっきりと。
「それで十分じゃない」
カインが、少しだけ目を細める。
それから。
「……優しいな」
笑う。
いつもの調子で。
「別に」
セリアは顔を逸らす。
だが、その声は少しだけ揺れていた。
火が、ぱちりと音を立てる。
夜は静かに更けていく。
その頃――
「フェンリル、消失」
低い声が、部屋に響く。
重い机。
並べられた報告書。
「対象、ルクス」
一枚の紙がめくられる。
「生存の可能性あり」
沈黙。
空気が張り詰める。
「……追跡を続行しろ」
短い命令。
「次は、確実に仕留める」
遠く離れた場所で。
別の意思が、動き出していた。
14話でした。




