「残された温度」
12話です。これにてフェンリル…カイン編は次回で終わりとなります。
――熱。
焼けるような光景。
崩れる建物。
響く悲鳴。
その中で。
「……走れよ、ルクス!」
笑っていた。
あいつは。
――カイン。
振り返る。
いつもと同じ顔で。
なのに、背後では何かが壊れている。
「お前、また無茶してんだろ」
「うるせえな、兄貴ぶるなっての」
「実際そうだろ」
軽口。
くだらないやり取り。
それでも確かにあった時間。
その記憶が――
途切れる。
ノイズ。
赤い光景。
何かが決定的にズレる。
「……っ!」
ルクスは息を呑んだ。
現実に引き戻される。
白。
凍りついた森。
そして目の前。
崩れかけたフェンリル。
スライムが絡みつき、内側へ侵食している。
熱を帯びたそれが、氷を溶かし、蒸発させ、構造を崩していく。
(接続は維持している)
ノクスの声。
(だが、この状態は長く続かない)
「……十分だ」
ルクスは息を吐く。
まだ頭の奥に残っている。
さっきの断片。
「……思い出した」
ぽつりと呟く。
「お前のことだけはな」
フェンリルが、揺れる。
反応。
確かに。
「……カ……イ……ン……」
かすれた声。
自分の名を、確かめるように。
ルクスは踏み出す。
氷を砕きながら。
「お前さ」
静かに言う。
「昔からそうだったよな」
もう一歩。
「勝手に突っ込んで、勝手に全部背負って」
フェンリルが吠える。
だが弱い。
崩れている。
「……いい加減やめろ」
低く。
はっきりと。
「一人でやるな」
その瞬間。
動きが、止まる。
完全な静止。
セリアが息を呑む。
空気が張り詰める。
ルクスは手を伸ばした。
スライムが腕を覆う。
熱を帯びた流動体が、フェンリルへと繋がる。
内側へ。
さらに深く。
「……戻ってこい」
強く。
叩きつけるように。
「カイン!!」
沈黙。
そして。
崩壊が始まる。
氷が、内側から砕ける。
外へ広がる力ではなく。
内へ沈み、壊れていく。
「――ァ……!!」
フェンリルが叫ぶ。
苦しむように。
抗うように。
だが止まらない。
(制御が完全に外れた)
ノクスの声。
(力が維持できない――崩れる)
「……それでいい」
ルクスは踏み込む。
最後の一歩。
「もう終わりだ」
スライムが核へと到達する。
だが、壊さない。
包む。
抑える。
閉じ込める。
「……止まれ」
静かな命令。
その瞬間。
世界が、止まった。
そして。
砕ける。
氷が崩壊する。
白が剥がれる。
冷気が消えていく。
そこに残ったのは。
一人の男だった。
倒れている。
息がある。
「……カイン……?」
セリアの声が震える。
ゆっくりと近づく。
膝をつく。
手を伸ばす。
触れる。
――温かい。
「……生きてる……」
確かに。
その瞬間。
ルクスの体が、崩れた。
「……っ」
膝から力が抜ける。
視界が暗くなる。
(限界だな)
ノクスの声が遠い。
「……ああ……」
ルクスは最後にカインを見る。
それで十分だった。
「……今度は……」
言いかけて。
意識が落ちる。
「ルクス!」
セリアが振り向く。
二人とも倒れている。
動かない。
呼吸だけが、かすかにある。
静寂。
さっきまでの戦いが嘘みたいに。
森は壊れている。
氷の痕跡も、戦闘の跡も、すべて残っている。
――追手が来る。
時間はない。
「……どうすんのよ……」
小さく呟く。
視線が揺れる。
ルクスへ。
カインへ。
そして――戻る。
歯を食いしばる。
「……ほんと、バカ」
吐き捨てる。
だが、その手は迷わなかった。
ルクスの腕を掴む。
そしてカインも。
「……死なせない」
誰に言ったのか分からない。
それでも。
決めた。
「……こんなところで終わらせるもんか」
立ち上がる。
二人を引きずるようにしてでも。
歩き出す。
森の奥へ。
誰にも見つからない場所へ。
背後には、戦いの痕跡。
だが。
「……ここには、もういない」
ぽつりと呟く。
まるで決めているように。
その言葉だけを残して。
セリアは、二人を連れて森を去った。
冷えきった世界に。
わずかな温もりだけを残して。
13話でした。カインはどうなるかご期待ください。




