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混沌の科学  作者: 藤原時照


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こちょう

 翌朝、目が覚めると、後藤の腕に何かがしがみついていた。

 布団をめくると、そこには巫女装束の女児が眠っていた。

「この子、ひょっとして、あのさなぎかな?」

「でしょうね」

 ふたりとも、もう怪異には動じなくなっている。

「ととさま、おはよ」

 女児は目を覚ますとにっこり笑みを浮かべた。

「おはよ」

 後藤は挨拶を返した。

「はい、かかさまにも」

 後藤は女児を抱き上げて、みゆきの方に向けた。

「かかさま、おはよ」

「はい、おはようございます」

 名前は――

 自分がこの子の名をつけるのか?

 あるいはすでに名があるのか?

 後藤はその答えを知らなかった。

 思いを巡らすと、脳裏に巫女装束を着た大人の女性の姿が浮かんだ。

 たぶん、それがこの子の本当の姿だ。

 そう直感した。

 だとすれば、名前はあるはず。

 聞いてみるか?

 しかし、自分を父と呼ぶ相手の名を知らないのは薄情な気がする。

 姿が頭に浮かぶのだから、たぶん自分が知っているべき相手なのだ。

 後藤はそう考え、名を聞くのを躊躇していた。

――神楽がインストールし忘れた?

 そんな考えさえ浮かぶ。

 でも、知らないものはしょうがない。

 後藤は覚悟して名前を聞くことにした。

 そのとき、小太郎が後藤の肩に飛び乗った。

 そして、耳元で囁く。

「こちょう」

 子どもの名前を教えてくれた。

 気の利く猫だ。

「こちょうは朝ごはん何がいい?」

「うーんとね、かかさまの好きな蜂蜜トースト」

 名前は合っていたようだ。

 この子は青虫の時からふたりの生活を見ていた。

 だから、みゆきの好きなものを食べてみたいのだろう。

 だが、年齢によっては蜂蜜を食べさせてはいけないと聞いたことがある。

 この子に蜂蜜を食べさせていいのか?

 そもそも、この子は何歳なのだ?

 後藤は考えるのをやめた。

 考えてもわからないものはわからない。

 そもそも、この子に人の常識は当てはまらない。

「ぼくも蜂蜜トースト」

 小太郎が同じものをリクエストした。

 もう猫のふりはやめるらしい。

「じゃあ、みんなで蜂蜜トーストにしよう」

「良平さん、また蜂蜜買いに行こうね」

 みゆきは消費量が急に増えて残りが心配になって来たようだ。

「オーケー。でも、あそこで売り切れていると困るから、ネットでも天然物を調べてみない?」

「そうね。それはいいけど、今日、これからどうする?こちょうちゃんを会社に連れて行くの?」

「食事をしながら考えよう。そんなにゆっくりしている時間もないから」

 食卓には、こちょうや小太郎のことを考え、1/4に切ったトーストが並んだ。

 バターと蜂蜜が塗られている。

 こちょうはそれを一口かじり、満面の笑顔を見せてくれた。

「ととさま、かかさま、おいちーです」

「よかった。どんどん食べてね」

 みゆきも笑顔だ。

 一方で小太郎は――

 空になった皿を見つめていた。

 いつの間にか自分の取り分は食べ終わっていたようだ。

 その小太郎は、ちらりと後藤に目を向ける。

 目で訴える作戦だ。

「よしよし。わかったから」

 後藤は小太郎の頭を撫で、皿にお代わりをおいてやった。

「んなー、んごんご」 

 小太郎は変な声を上げながらトーストにかぶりついた。


 さて、問題のこちょう、心配は必要なかった。

 こちょうは高次世界に関するあれこれを制限されていない。

 少し位相のズレた空間に身体を置き、後藤やみゆきには見えるがほかの人には見えないようにすることができた。

 つまり、こっそり子連れで出社しても問題ないのだ。

 小太郎も同じことができるので、一緒についてくることになった。

 だが、満員電車で行くのは無理。

 後藤は自動車通勤に切り替えることにした。

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