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混沌の科学  作者: 藤原時照


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増殖する魔法少女(?)

 後藤家のリビングでは、種類さえわからない植物が壁や天井を這っている。

 それは見たところ蔓植物なのだが、壁や天井に気根を張っている様子はない。

 にもかかわらず剥がれ落ちる気配はない。

 その様子は常識の埒外にある。

 いま、そこには蔓を這う虫がいる。

 黒い帯とオレンジの斑点がある青虫。

 キアゲハの幼虫のようだ。

 ただし、その体長は20センチほど。

 ふつうの虫ではありえない。

 ふつうの「生き物」でもなさそうだ。

 不思議な現象を引き起こすのだから。

 その青虫は葉を食べる。

 だが、青虫が場所を変えると、食べてなくなったはずの葉が復活している。

 その葉は、前よりも元気になっているようにさえ思える。

 不思議な光景だった。

「ちょっと来ないうちに不思議な空間になったよねぇ、この家」

 真紀が天井を見ながら感想を言った。

 その視線の先には青虫がいる。

「ほー、これは便利かも」

 三好は指先に灯りを灯したり消したりを繰り返している。

 それは後藤が新たに考案した光の魔法。

 火だとみゆきに叱られるので、光の魔法を考えてみたのだ。

「夜中にトイレに行く時なんか便利だよ」

 そう言って、後藤は光の玉をいくつか天井近くに浮かべた。

 そのうちのひとつを青虫の近くに持っていくと、青虫が糸を吐いて光球をとらえた。

 そして、引き寄せて食べはじめる。

「あの子、良平さんの魔力が好きみたいなの」

「みゆきさんも染まったねぇ」

 現実主義者の真紀は、不思議な世界に対処しきれていない。

「真紀ちゃんも慣れておいた方がいいよ。これからどんどん世界は変わって行くんだから」

「真紀ちゃんは大丈夫。狐さんが助けてくれるっしょ」

「そうなの。最近、ゆく先々で狐さんが出るのよ」

 真紀が語りだした。

 四人だけの世界の時も、UFOに追いかけられた時も、四人の前に狐が現れた。

 あのあとも、三好夫妻の前にはときおり狐が現れていたという。

「それはそうと、真紀ちゃんも気功やろうよ。すごく調子良くなるから」

 みゆきはそう言って、真紀を隣の洋間に連れて行った。

「後藤氏、後藤氏」

 ふたりが隣の部屋に行くと、三好が小声で後藤を呼んだ。

「これこれ」

 三好はそう言うと、手に拳銃を出した。

「なんか、あのとき後藤氏にもらった拳銃、呼ぶと出てくるようになったんよ」

 それはアポートのようだが、出てきた拳銃はどこかおかしい。

 あのとき後藤が暴力団事務所から持ってきた拳銃は、あとで調べたところ、ロシアのマカロフだった。銃口の下側部分が曲線的なデザインになっていたと思う。しかし、いま三好が持っている銃は、その部分がただの筒状になっている。

 いや――

 もう一度見ると、筒状部分が曲線基調に変わっていた。

 銃のデザインが固まっていないところに後藤のイメージが作用したようだ。

「三好、気づいている?その銃、形状が定まっていない。たぶん、三好のイメージが固まらないから構造が揺らいでいるんじゃないか?」

「うそぉ」

 三好は銃をしみじみと見た。すると、そのデザインはリボルバーに変わった。

「うおっ、後藤氏、これ、すごくない?」

「すごいけど、あぶないから振り回すな」

 興奮して銃口が後藤に向いていたのだ。

 慌てて銃口を下げる。

「悪い。調子に乗りました」

 三好は素直に謝った。

 

 三好がいろいろなバージョンの拳銃を試していると、そこへ真紀が乱入してきた。

「コウちゃん、コウちゃん、こんなん出たよ」

 真紀の周りには、電球の光のような、やさしいオレンジ色をした光の玉が舞っていた。

 それだけでなく、同じ色の光が耳と尻尾を形作っている。

 その姿は狐を思わせる。

 

 その少し前――

「うーん、確かにちがうわ」

 真紀はみゆきから気功を教えてもらい、気の動きを感じた。

 そのあと、型をひと通り試し、自分の中で何かが目覚めた気がしていた。

 その余韻に浸っていると、みゆきは後藤が集めてきた本の話をはじめた。

「それでね、これこれ」

 みゆきは「妙術〇〇大全」を真紀に見せた。

「え、なにこれ。後藤さんってガチ勢?」

「古本屋で不思議な体験をしたんだって。これもその時に買ってきた本なの」

「ふーん」

 真紀はもくじを飛ばし読みしていた。

「でも、狐さんを悪く言うのは許せん」

 真紀の目は、ふたつの呪法に向いていた。

   妙術狐憑を見顕す法

   狐の田畠の作物を荒らすを除く禁厭法

「ほら、こっちもあるよ」

 みゆきはフォローのために別の祝詞を示した。

   稲荷の使い勧請の式

「うーん、おばあちゃん家は庭にお稲荷さんがあるんだ。縁があるかも」

 そう言いながら、真紀はその箇所を読んでみた。

 それは祭祀の法で、それを行うためには榊や神饌を必要とする。

 だが、ふたりには本気で祭祀を行うつもりはないから、ここには何の用意もない。

 真紀はただ何となく祝詞を読んでみた。

「たかまがはらにかむづまりまします、すめむつかむろぎかむろみのみことを(中略)いのるところねがふところまもりたまいさいはひたまへとかしこみかしこみまをす」

 真紀が祝詞を読み終わると、身体が光りはじめた。

 テーブルにあったチョコレートとクッキーが消えていた。

 

「なんとなくオチが見えてきた気がする」

 後藤は真紀を見てひとり呟いた。

「明日、四人でイデアを見てみよう」

 後藤はそう提案した。

 世界はリセットされたが、イデアは存在している。

 一般向けサービスこそしていないが、神楽はシミュレーションをつづけている。

 たぶん、いまごろはイデアの中で四人が戦っているはずだ。

 後藤の予想通りなら。

 

 三好夫妻が帰ると、部屋は急に静かになった。

「あの二人はいつも賑やかよね」

「そうだね」

 後藤はそう言いながら伸びをした。

 何気なく見た天井では、青虫がさなぎになっていた。

 後藤の視線をたどり、みゆきもさなぎを見つけた。

「あの子は蝶になるのね」

「うーん、あの胴体のサイズだと羽は……。部屋が狭くなるね」

「もう、良平さん、子どもの成長を見守るのは親の義務。暖かく見守ろうよ」

 みゆきの中では、植物も虫も子ども枠に入っていた。

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